其の四十五 「2月その1」臨床応用とスポーツカイロプラクティック | カイロプラクティックジャーナル

  其の四十五 「2月その1」臨床応用とスポーツカイロプラクティック

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斎藤信次残日録 其の四十五 「2月その1」臨床応用とスポーツカイロプラクティック2019.07.12

手帳を見たら、2月がいくら他の月より短いとは言っても、1月と違って休みは23日土曜の1日だけだった。1月末から月初めにかけては、2月、6月、10月の常、同じ日の開催になって久しい、「中川:臨床応用」と「榊原:スポーツカイロプラクティック」の準備となる。「この組み合わせになってから、どれぐらい経つんだろう?」と気になり始め、私の宝物「カイロ-ジャーナル」紙のバックナンバーをめくってみた。

同じ日に開催して年3回、10年! 随所に50年の賜物が

中川さんの前シリーズ「カイロプラクティック勉強会(全33回)」のスタートが2002年6月(大阪は7月)、榊原君の「スポーツカイロプラクティック」のスタートが2009年5月だから、その翌月からのことになる。なんと10年、30回に及ぶ。この他にも、図らずも同じ日に開催することになってしまったことがあるが、それはスポットでの出来事だったので、10年にも渡って年3回、これって結構凄くないですか? その昔、有森が五輪のレース後に言った「自分で自分を褒めて上げたい」には遠く及ばないが、10年は一つの区切り。さすが、事業を50年もやっていると、いろいろな区切りが出てくるもんだなと感心する。

仕事に没頭していた頃は全く考えもしなかったが、最近は「この作業はこの時間で終わるな、次のこれはこの程度だな」と時間を無意識に計算し、さらに「この作業を何年続けているのかな、あと何年できるかな」などと、余計なことを考えるようになってきた。寄る年波かなぁー、まっ、いいや! どうせ、これらを考えないようにしよう、と思ったところで、浮かんでくるものは浮かんでくるし、しゃあない!

中川さんの誕生日、祝って15年余り、今年はほっこりと

中川さんの誕生日が2月2日、東京での勉強会の場合、前日と当日の2泊なので、2003年から何回、前日か当日に誕生日を迎えただろう? ちょうど、その日ということではなくても2月上旬の1週間の間に必ず迎える。ということは、その半分は誕生日と称して夕食をともにしたことになる。今年は前日の土曜日がその日に当たっていたので、こぢんまりとだったが中川さんをリラックスできるメンバーで、ほっこりした誕生祝いをした。

「日本一の身勝手男」は日本一、社交の場を楽しむ男

そうして3日は、中川さんと榊原君の会場を行き来した。私は会場費が安く済むからと、浜松町以外の会場を考えることはない。浜松町の会場が全部埋まっていた、参加者が多すぎて入りきらない(最近はとんとそういうことがない)、といった理由がない限り浜松町だ。理由は私にとって都合がいいから、それだけのこと! 「出たぁー、日本一の身勝手男」(こう書いたら、ある年齢以上の人は植木等を思い出してくるだろうが、今はもうダメか? 書いちゃったから、まっ、いいや!)

勉強会後は、中川さんと同じ日生まれの女性参加者に、1日遅れの誕生日祝いを発案したら、なんと「ボウリングしましょう」の返事で、有志でボウリングとなった。もちろん中川さんも誘ったが、やんわり断られた。当たり前か、一日講師をやったあとにするわけないよな! 私は12月の頭に九州でやったので、久しぶりではなかったが、他の人たちは口々に「何年ぶり」、中には「前にいつやったか思い出せない」と始めるまで、「大丈夫か、おい!」という感じだったが、いざやり始めたら、昔取った杵柄ではなかろうが、皆すんなり投げ始め、ストライク、スペアを取ってはハイタッチ、ガーターを出しては大笑い、結構盛り上がった。たまにはいいかも!? 「ゲームは必死になってはいけない。とことん楽しむことである」、私のモットーである。

中川さんとの定番から、吉田も月一定番、

中川勉強会の翌日(4日)の朝は定番の中川さんとのミーティング、というか司会者のいない対談みたいなもので、あっという間にお昼になり帰阪の時間となる。翌5日(第1日曜日の次の火曜日)は月に一度の北海道千歳の吉田の東京治療日で、部屋を提供している。この日は3人ほどの患者さんが見えた。吉田の患者さんに対するトークを聞いているのも楽しいものである。

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