其の二十三 『知多半島沖の島に行くことになろうとは!』 | カイロプラクティックジャーナル

  其の二十三 『知多半島沖の島に行くことになろうとは!』

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斎藤信次残日録 其の二十三 『知多半島沖の島に行くことになろうとは!』2018.08.27

私は遺伝的に(母親もそうだったらしい)滅法日焼けに弱く、にもかかわらず小学校の頃は水泳が得意で町中のプールでは毎日泳ぎまくっていた。しかし、ひとたび海に行くと完全に日焼けから火傷状態になり、いつもそれなりに細心の注意を払っていた。

幸か不幸か日焼けに弱い! 科学新聞社にお世話になった経緯

それから皮膚には何事もなく10年が過ぎた。今にして思えば、魔が差したのか幸運だったのか判断しかねるが、40年以上前に当時入り浸っていた雀荘の仲間と伊豆七島の神津島に遊びに行った。もちろん弱いのはわかっていたので、泳ぐ際はTシャツを着るなり、細心の注意を払ったつもりだったが、隠しきれなかった首と膝から下が火傷状態になってしまった。お世話になっていた民宿ではどうにもならず、応急処置をしてもらうことになったが、もう既にお金が底をついていた。そこで民宿に学生証を預けお金を借り、最低限の処置をしてもらって帰ってきた。

それがまだ梅雨明け早々の時期だったので、夏休み中は麻雀どころではなくお金を返すためにもアルバイト、アルバイトとなった。そこで公的なアルバイト斡旋所である学徒援護会(学生援護会ではありません)に、夏の間だけ2カ月のアルバイトを探しに行った。そこに募集が出ていたのが、その後40年にわたってお世話になることになった科学新聞社だった。

だから島には特別な思い入れがある。と言っても、大きな島ではなく小さな島である。それがなんと、日曜、月曜で知多半島の沖、日間賀島というところに行くことになった。

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