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さようならカイロジャーナル

これまで連載記事を執筆していただいた方、インタビューでご登場いただい方など、紙面作りにご協力くださった方々からメッセージをいただきました。
カイロジャーナル91号(2018.2.26発行)より


(敬称略、五十音順)

安達和俊

私が知る限り、国内においてカイロプラクティックに対し、これほど真摯に向き合った新聞は他になかった。それは、私のこの業界における40年以上のキャリアの中ですでに十分わかっていたが、残念なことは、私自身の記事が同紙に掲載されたのは、2年前に過ぎなかったことである。だからこれまで他社からの出版がほとんどであった私にとって、既刊の『総合医療手技学の理論と技能 』と製作中の『スポーツ外傷・障害の予防・整復の手技学』が同社からの出版であることに感謝している。私が教授をし、現在中川貴雄DCが教授をしている宝塚医療大学において同社が設立に深く関わった徒手医学会が開催されたことも思い出深い。全て斎藤信次顧問・櫻井京DC編集長のお陰である。

伊佐和敏

カイロジャーナル編集部の皆さん、長い間業界の情報を提供していただきありがとうございました。僕が初めて科学新聞社に訪問させていただいたのはアメリカから帰国前で、何も事情がわからないので当時社長だった斎藤さんにお話を聴かせていただくためでした。その時のアドバイス、「何をやっても誰かには必ず批判されるから自分のやりたいようにやれば良い」を胸に行動しています。これからは紙から違う形で情報発信をしていかれるでしょうが、いつでもお声かけお待ちしていますのでよろしくお願いいたします。

伊澤勝典

長きにわたりカイロジャーナルの発行に携わってきた方々に御礼を申し上げます。高校を卒業してこの世界に入ってもう30年になりますが、情報に飢えていた若い頃いつも傍らにカイロジャーナルがあり、ある意味自分の道標でもありました。勉強しているときは孤独なものですが、カイロジャーナルを通して多くの人たちとの交流や多くの知見に巡り会うことが出来ました。当たり前のようにあった財産がなくなってしまうことはとても残念でなりません。最終号が新しいスタートになることを祈っております。

井上裕之

カイロジャーナルに、斎藤信次さんに出会わなければ、DCへの道を選び、アイオワ州のパーマー大学を目指す事もなかったでしょう。10代の私に渡米の動機を、留学中は貴重なカイロ情報を、そして現在に至るまでアトラス・オーソゴナルの啓蒙に多大なる協力を頂戴した感謝を一言では表せません。今後は恩返しも込めて、微力ながらカイロ業界の発展にお役立てるよう邁進して参ります。

碓田琢磨

約9年間にわたり、カイロジャーナルで「いい姿勢で行こう」の連載をさせていただきました。私が伝えたかったことは、起きてしまったサブラクセーションをアジャストするのはもちろんですが、そもそもサブラクセーションが起きにくい体の方が良くないですか? そのために、姿勢は切っても切り離せない大切な存在であるということでした。カイロジャーナルに携わった全ての方に、心から感謝と敬意の気持ちを込めて。長い間ありがとうございました。

大陰幸生

長年、日本のカイロプラクティック業界発展の一助を担ってきたカイロジャーナルが、紙媒体としては今号で終了と聞いたときは驚きました。個人的には紙媒体が好みですが、ウェブ発信へと形を変えてのリニューアルも楽しみです。帰国後からのご縁で、何度か記事の投稿や連載、主催セミナーの広告を載せていただきました。その節はありがとうございました。ますますのパワーアップとともに、ウェブならではの特徴を活かした貴重な情報発信を期待しています。

大谷素明

カイロジャーナル、お世話になりました。発刊当時は日本のカイロプラクティック業界の様子が分からず、世界のカイロの情報にも疎く、とても頼りになる情報源でした。それは斎藤信次氏のカイロに対する知識と見識に裏付けされたものだと思っています。カイロも時代とともに変わるものと変わらないものがあります。患者とともにあれば受け入れられ続けていけるのではないかと思っています。紙媒体では終了と言うことですが、HPでは発信を続けると言うことなので新しいジャーナルも楽しみにしています。

岡井健

歴史あるカイロジャーナルで連載を開始させていただいたのは2005年の53号からでした。以来39回に渡る連載で、言いたいことを言って多くの方に不愉快な思いをさせたことでしょう。でもそれ以上に多くの方の脳に刺激を与えられたのではないかと思っています。アメリカにいる私ならではの意見を述べなければ連載の意味はないと思って執筆してきました。ジャーナルを通じて私の名前を知ったという方もたくさんいることでしょう。私のような軽輩者に執筆の機会を与えてくださった斎藤信次氏に心より感謝します。これからも微力ながら櫻井編集長のお役に立ち、ウェブ版で業界内はもとより一般に向けて大きくカイロの魅力を発信していければと願っています。

栗原修

私がカイロプラクティックと出会ったときには、すでに業界の代表的な情報誌として存在していたことを覚えております。以来、長い間カイロの信頼できる情報源として当たり前のように、ともに過ごしてきましたが、愛着のあるものを手に取れなくなるのは複雑な思いです。IT革命で様々な分野で急激な変化が起こっている中で、電子版への移行も当然の変化なのかもしれません。カイロジャーナル編集に関わられてきた方々、今までありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いいたします。

後藤雅博

「今だから話せる留学秘話」などの単発の寄稿文とは異なり、連載のご依頼時には悩みました。国内のカイロ業界に心を閉ざしていた時期だったからです。しかし、「変わりたい自分」が目覚め、連載をお引き受けしました。その間にリオ五輪に携わる幸運にも恵まれました。個人的な応募でしたが、カイロジャーナル様には、寄付の呼びかけや帰国後の報告会など、多大なるご協力をいただきました。ご賛同や応援してくださった皆様のご恩を、この先決して忘れることはないでしょう。今後、カイロジャーナル様が進化した形態で、業界に旋風を巻起こすことを願っております。長年に渡り、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

榊原直樹

斎藤社長と初めてお会いしたのは2003年頃。その時即決されたのが「スポーツカイロ」の連載でした。テーマを決めたら、まずは知っていることを書いてしまいます。その後、関連文献を読み肉付け作業。添付画像は全て自作でした。納得のいく画像に仕上がるまで何度も修正を加えるので、1枚完成させるのに数時間を要することも。お陰でデジタル画を描くのが随分上手になりました。しかし、基本は自分目線。その点では執筆者失格です。時々難しいという声を聞きましたがお構いなし。こんな身勝手な自分にお付き合いいただいた斎藤社長は余程の人格者です。素晴らしい機会を与えていただけたことを心より感謝しております。ありがとうございました。

中川貴雄

1985年、『脊柱モーション・パルペーション』を初めて出版させていただいてから33年、たくさんの本を出版させていただきました。最初は、原稿用紙に1文字ずつ間違わないように書かなければならず大変でした。カイロジャーナルの原稿は、コンピューターを使うようになってからは手直しが自由になり本当に楽になりました。モーション・パルペーションのこと、テクニックのこと、治療のことなど、まだまだ書きたいことはたくさんあります。いつの日にかカイロジャーナルが復活することを願っております。長い間、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。本当にお世話になりました。

長屋充良

小生、ブラジル サンパウロにて、定期的に送ってくるカイロジャーナルを、楽しみに拝読しておりました長屋充良と申します。今回最終号という事で、非常に寂しい想いで一杯ですが、これもやはり時代の流れ、また新聞業界、出版業界全てにわたる活字離れなど、色々あるのでしょうが、貴紙のカイロ業界における功績は、計り知れません。様々な団体、学校、グループ等、バラバラなこの業界に、新聞というメデイアを通した情報交換の場を設けられ、まとめられたことは、日本カイロ業界の歴史に残る快挙であります。これも、池田様、斎藤様、櫻井様の並々ならぬご尽力の結晶であります。本当にありがとうございました。これからはサイトで情報交換させていただきます。お疲れ様でした。

馬場信年

カイロジャーナルが最終号を迎えることになりました。創刊の頃までは業界の動向、研究やセミナー等の適切な情報も少なく、それぞれの業者の縁故や団体間で交わされる断片的な情報が多数でした。そのような状態の中で、今日までジャーナルが果たした情報紙としての役割には多大なものがありました。創刊を発案し、編集に携わってこられた斎藤様、関わって来られたスタッフの皆様のご尽力に感謝を申し上げます。そして願わくはカイロ事業50周年の節目に新たな情報誌として生まれ変わっていただきたいと望んでおります。

松本徳太郎

科学新聞社とのお付き合いは、私の父と池田冨士太元社長とから始まった。昭和50年代前半であっただろう。時は流れ、斎藤信次前社長と私に代は変わっても良いご交誼をいただき、その縁で櫻井京編集長との交流も続いている。私の父のように戦前からカイロプラクティックを業とする第一世代がいて、そして昭和40年代にはカイロ大卒業者が帰国し、わが国のカイロの発展に情熱を持って向き合い後継者の育成に努めた。こうした世代の違うカイロプラクターの間に入り、融和を図ってくださったのが科学新聞社であると感謝している。熱き時代を振り返りながら、貴社との新しい関わりを願っている。

目崎勝一

カイロジャーナルが休刊になると知り、虚を突かれたような感慨を持ったのは私だけではないと思います。カイロプラクティック界で自由に意見を発表できる場はカイロジャーナル以外にありませんでした。アメリカからの知識は増えましたが、悲しいことに近年私が習い始めた頃の様な熱気は感じられません。感覚的な検査法に頼らざるを得ないカイロが再現性ある治療法に進化できるか、できなければカイロ界にかつての熱気は戻ってこないと思います。その中心で働くべきカイロジャーナルが休刊になるとは想定外であり、業界の危機を象徴しているかのようです。これからはカイロジャーナルが再び発刊される日を迎えるべく各人が努力していくしかありません。

守屋徹

長きにわたって拙い連載を掲載いただきましたが、今後は新たにWEB時代に応じた取り組みが企画されていると聞きました。届いた紙面を読むのをいつも楽しみに開封したものです。業界内での狭い付き合いの中にいると、話題も偏りやすい。そんな渇きを埋めてくれたのも、このジャーナル紙でした。国内情報にとどまらず、世界的な動向も提供していただきました。多くの業界の人たちの意見や関心事の紹介もあり、私には自分の立ち位置や学びの方向性を確認できる唯一のとても有難い新聞でした。そこには明らかに業界の一時代の歴史が刻まれていたように思います。廃刊にあたり心からの謝意を送るとともに、新たな企画に期待することにいたします。

矢島敬朗

カイロジャーナルは、日本のカイロプラクティック業界の情報のみならず、細かい診断・施術の方法、各分野の第一人者の先生方の見解、そして、世界のカイロ情勢も記載されていて、業界専門誌としての完成度の高さに毎号感心しながら楽しく拝読しています。そんな一読者だった私ですが、3年前から御紙より執筆依頼を受け、米国カイロ業界の現況や私の経験など、少しでも日本のカイロ従事者や学生の後学の参考になればと、拙い文面ですが執筆しています。今後も発信媒体は変わりますが、世界中の日本人カイロ従事者、学生のための専門誌として、さらなる紙面の充実を期待しています。

山﨑徹

今では、情報を得るのは簡単になった。インターネットが普及し、モバイルを持ち、いつでもどこでも必要な事を手に入れられる。治療業界に足を踏み入れた時、情報源の一つとしてカイロジャーナルがあった。すぐには手に入らない情報だから貴重だった。紙とネットではネットに軍配があがる。だが紙には紙の良さがある。アナログの良さとでも言おうか。世相をはかる物差しに歌がある。「歌は世につれ、世は歌につれ」と言うではないか。そして業界の変遷を見てきたのもカイロジャーナルだ。その歴史は業界の歴史である。カイロジャーナルは歌そのものであった。

山本元純

日本におけるカイロプラクティックの発展に多大なる貢献をされてきたカイロジャーナル紙。私が取り上げていただいたのは『カイロプラクティックのこころ (チキンスープ・シリーズ)』出版記念講演に関しての記事が最初だったと記憶しております。ある投稿を依頼されたときには「内容に問題アリ」とのことで数回書き直したこともありました。後には連載まで任されるようになり、その末席に一時でも携わることができたのはカイロプラクターとしての私の自慢です。電子化によって紙媒体が取って代わられることに一抹の寂しさは覚えますが、モノの本質は変わらないはず。まだまだ発展途上のカイロをこれからも発信し、後押ししていただけたら嬉しく思います。ありがとうございました。

■編集部より■
多くのメッセージをいただき、ありがとうございます。身の丈以上のお褒めの言葉もいただき、継続という集積のパワーを改めて感じております。いただいたお言葉を今後の励みとして、また方向性のヒントとして新たな出発につなげていきたいと存じます。

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