2013 1月カイロプラクティックジャーナル

  2013  1月

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<第15回>ジェイ・ホルダーD.C.「カイロプラクターがサブラクセーションをケアしなくて、誰がサブラクセーションをケアするのでしょう」

投稿日:2013年01月15日

ジェイ・ホルダーD.C. ジェイ・ホルダーD.C.

トルクリリース・テクニックとオリキュロセラピーのセミナー講師として、米国フロリダ州在住のドクター・ジェイ・ホルダーDCが8月に来日した。中毒症/依存症の専門病院を経営し、独自のカイロプラクティック治療と代替医療を組み合わせた治療により、中毒症/依存症からの離脱に大きな効果を上げ、異色のカイロプラクターとして注目を集めているホルダーDCにお話を伺った。
(聞き手:カイロジャーナル編集部 櫻井京)

世界初の依存症に対するカイロ・ケア

ホルダー先生はカイロプラクターとして初めて中毒症/依存症の治療に取り組み、政府からの依存症治療のための助成金や医療保険給付金でカバーされる治療プログラムを実施する病院を経営されています。それはどのような病院なのですか。
フロリダ州マイアミで350床規模の依存症専門病院を運営しています。自分の家から10分で行ける距離です。通常の病院と同じように、標準の依存症治療プログラムであるカウンセリングやグループセラピーも行っていて、それにトルクリリース(ホルダーDCの開発したカイロ・テクニック)、オリキュロセラピー、アミノ酸療法を取り入れています。アメリカ以外に、イスラエルでも同様の病院を開設しています。今後、世界に広げて行けたらと思っています。
カイロプラクターが依存症治療にどのようにかかわるかは各国の医療制度事情もあり、様々です。オーストラリアでは、カイロプラクターの個人クリニックが依存症プログラムを行っているので、ホルダー・リサーチ・インスティチュート・オーストラリアが中心となって依存症プログラムを推進しています。
先生は、病院の運営以外にもセミナーの開催や研究で多忙ですが、病院での臨床はどの程度やっているのですか。
病院には、週2回だけ行っています。心理学者、精神科医、看護師、カウンセラーなど100人以上の従業員がいるので、普段は私なしで運営されているわけです。カイロプラクターは、私以外には1人だけで、すべての患者に必要なカイロ治療を行っています。トルクリリース・テクニックなら、無理なく1日で300人の患者を診ることができます。私の来院日にはなるべく臨床をするようにしていますが、病院運営の仕事と研究もあるので、いつも患者に会えるわけではありません。
病院ではカイロプラクターは、トルクリリースによるカイロ治療のみを行い、オリキュロセラピーとアミノ酸療法は、看護師やカウンセラーが行っています。

教育活動

トルクリリース・テクニックの教育活動はどの程度行われているのですか。
ホルダー・リサーチ・インスティチュートとして国内だけで年に40回ぐらいセミナーを開催し、その他に海外で6、7回のセミナーを行っています。
アメリカの大学では、最も規模の大きなカイロ大学であるライフ大学で、最近授業のカリキュラムの一環としてトルクリリース・テクニックが教えられるようになりました。イギリスでは、マクティモニー・カイロ大学で教えています。来年にはカリフォルニア州のライフウエスト大学、そしてメキシコの大学でもカリキュラムが始まります。
先生の出身校のナショナル健康科学大学などの関心はどうでしょうか。
そういったオファーはありませんね(笑)。多くのカイロ大学は、カイロの伝統を守るというよりは、カイロと医学の融合を図ることを重視しているようで、私のようなサブラクセーションを中心に据えたカイロは受け入れがたいようです。
多くのカイロ大学では、サブラクセーションを単にカイロ史上の概念としてのみ教えているようです。世界カイロプラクティック連合(WFC)なども同じような路線です。このような傾向をどう思われますか。
カイロプラクターがサブラクセーションをケアしなくて、誰がサブラクセーションをケアするのでしょう。トルクリリース・テクニックはサブラクセーション、プライマリー・サブラクセーションを除去するためのみにあります。カイロは疾患や臨床症状に対処するためにあるわけではありません。
多くの大学や団体は、カイロを発展させたいし、サポートしたいと思っているのですが、彼らはカイロが何かということを理解していないのです。彼らはカイロをメディカルにしたいのです。日本は、そのような団体からは距離を置くべきです。何がカイロかということを原点に立ち返って日本自身で決めてほしいと思います。
先生は、医師、看護師、その他の医療の専門家を雇い、また交流もありますが、彼らはカイロを理解してくれますか。
はい。私はアメリカ医師会の指導的地位の人々と働いていますが、彼らはカイロが好きだし、私たちはメディスンが好きです。しかし私たちのカイロとメディスンは違うものです。メディスンは必要だしカイロも必要。カイロプラクティック・メディカルドクターというものはいらないのです。それぞれが専門性を持っていればよく、一人の人がすべてを行うべきではありません。
カイロの団体が医師の領域に踏み込んで、メディスンを脅かすような言動をすれば医師からは嫌われます。現に主要な団体がそのようなことをしています。国際カイロプラクターズ協会(ICA)のように、カイロプラクターの役割を明確にし、メディスンを脅かすようなことをしなければ、医師と何の問題も起こしません。私たちカイロプラクターがメディスンをやりたいわけではないということがはっきりわかれば、メディスンは、「OK、カイロには何の問題もないじゃないか」となるんですよ。カイロでありさえすればいいんです。

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先生は、かなり小さい頃から大学で研究を行っていたと聞いていますが、なぜカイロに興味を持ったのですか。
研究は13歳のときから始めて、14歳のときに最初の学術論文を発表しました。その頃からマイアミ大学の医学部で、正規学生ではなかったですが、研究の場を提供してもらっていました。しかし、将来は研究者ではなく医師になりたいと思っていました。
大学生だった19歳の時、深刻に健康を害しました。そのとき父がカイロプラクターのところに私を連れて行ったのです。私は行きたいと思わなかったのですが、行ってみて、1回のアジャストで奇跡が起こりました。症状がよくなったのです。それでカイロに興味を持ち、勉強したくなりました。ナショナル大学は、アメリカで最初にアクレディテーションを取ったカイロ大学で、アカデミックでメディスンを重視していて、カイロを学ぶのに一番よい大学だと思って選びました。しかし入って間もなく、それが間違いだったとわかりました。私にとってそこは、よいカイロ・スクールというより、よくない医学部でした。しかしもう遅かったので、とにかく卒業して資格を取り、その後医学部に進学しました。
医学部でももちろんカイロが何かということはわかりませんでした。その後独自でカイロ哲学を勉強したことと、何人かのメンター(師匠)に会ったことで、カイロの本質が理解できるようになりました。
メンターはどのような方々ですか。
多くの人から学びましたが、特に影響を受けたのは、シャーマン大学の学長だったガイ・リックマン先生。お会いしたのは30年ぐらい前で、多くのことを学びました。それから、ライフ大学の学長を長く務めたシッド・ウイリアムズ先生です。そしてフロリダ在住で今は亡くなられたイアン・グラッサム先生です。
DDパーマー、BJパーマーは、もちろん会う機会はありませんでしたが、偉大なメンターです。

研究開発

先生はカイロや臨床のための様々な機器を開発されています。どのような方法で開発にこぎ着けるのですか。
アイディアがあったら、その道の専門家に相談するようにしています。インテグレーターは、世界トップの歯科機器メーカーのミルテックスに直接交渉し、自分の希望条件のモデルを製造してくれたら、画期的なカイロのアジャストメント器具として必ず成功するからと力説して、自己資金の初期投資なしで製造することができました。オリキュロセラピーのスティムレーターは、香港の知り合いのエンジニアに試作品をつくってもらいました。臨床研究によるデータとアイディアがしっかりあれば技術的なことを知らなくても、全く問題なく必要な機器を開発することができます。
最近も新たな診断用の機器を開発されました。
P300という新しい診断機器で、脳の状態から個人の現在の健康度を測定するものです。うつ、脅迫性障害、注意欠陥・多動障害などの診断に使え、カイロプラクター、臨床心理療法の専門家に使ってもらえるものです。これまで私の病院での臨床と、その他の機関での6年間の研究の積み重ねでついに製品化できたものですので、日本でも多くのカイロプラクターに興味を持ってもらえればと思っています。
先生は、研究開発、臨床、病院経営、教育活動と忙しいスケジュールをこなす中で、来年2月にはまたの来日を予定されていますね。先生にはトルクリリース・テクニックはもちろんのこと、カイロ哲学について、まだまだ教えていただけることがたくさんあると思います。またの来日を楽しみにしています。
私のミッションは、カイロの原理を伝え広げることだと思っています。カイロの最もすばらしい科学研究を普及させることです。カイロの原理を伝え続けなければ、カイロはいとも簡単に消失してしまうでしょう。そしてまた私は教えることが好きで、日本によりよいカイロの情報、カイロの本質の原理を伝えたいと思っています。
本日はありがとうございました。どうぞお体にお気を付けてますますご活躍ください。

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取材を終えて

敬虔なユダヤ教徒であるホルダー先生は、普通の日本の食事が食べられなかったり、土曜日のセミナーは安息日なのでいろいろ戒律があったりと、たいへんそうに見えるのですが、ご本人は日本滞在と日本でセミナーを行うことをとても楽しんでおられたようです。「日ユ同祖論というのがあるんだよ」と先生から言われたときにはびっくりしました。私は日本人によるトンデモ説だと思っていたのに違ったのですね‥。ビルの看板の文字を指して「そういえばこの文字もヘブライ語に似ているように見えるよ」とおっしゃっていました(しかしそれは漢字でした!!)。またの来日を楽しみにしております!


トルクリリース・センター・ジャパン公式ページ
    http://www.torquereleasejp.biz


Dr. ホルダーのトルクリリース・テクニック
ホルダー・リサーチ・インスティテュート 編
遠藤光政D.C. 訳
B5判並製59ページ+24ページ
科学新聞社

<第14回> ブラジルの日本人カイロプラクター長屋充良氏インタビュー

投稿日:2013年01月14日

ブラジルに渡り、30年間カイロプラクターを続けてきた長屋充良氏が2月、ビジネスと休日を兼ねて日本に帰国した。ブラジル社会にどっぷりつかり、オフィスの経営とカイロ協会の仕事を両立してきた特異な経歴を持つ長屋氏に、そこに至る経緯やブラジル・カイロ事情などを伺った。

カイロとの出会い
カイロプラクティックは塩川満章先生のシオカワスクールで勉強しました。そのまま塩川先生のオフィスのスタッフとなり、平日はオフィスで、休日は塩川先生のセミナーや勉強会で研修に励んでいました。たいへんでしたが、すごく充実した日々でした。
ブラジルに渡ったわけ
塩川先生が、トムソンテーブルをつくっているタカラベルモントの先代の吉川社長と懇意で、大阪本社の会議室で塩川先生のセミナーが開かれました。そのとき吉川社長と懇意の当時のブラジル商工会議所の会頭であった広川さんが来ていて、セミナー終了後に「ブラジルの十数万の日系ブラジル人の健康をカイロプラクティックで守ってくれないか」という話になりました。突然の話で、塩川先生はびっくりしたでしょうけれども、パーマー大学卒業後、数年間ベネズエラにいたこともあって、先生は、なんかラテンっぽいですよね、気性が合うんでしょうか。それでブラジルに来て気に入っちゃって、ブラジルと日本で出資者を募って、いっしょにやりましょうという話がまとまりました。
レントゲンは当時最新の設備を整え、医師、レントゲン技師も雇って、大きなクリニックをつくりました。塩川先生は、日本に学校とオフィスがあるので半年間でそれを閉めてブラジルに移住するということで、僕は先に行って他のスタッフとで始めることになりました。1982年の12月のことです。実は僕ではなく神庭(政良)さんという話だったんですが、自分は海外に出たかったので志願しました。最初の考えでは、アメリカにカイロ留学をしようと思っていたので、ブラジルに行っても、最初はポルトガル語の勉強はしないで英語の学校に行っていました。
ところが塩川先生は、その半年の間に劇症肝炎になってしまい、かなり危ない状況まで行って、ブラジル移住の話は頓挫してしまいました。それで、出資者からも塩川先生が来ないなら話が違うよ、みたいなことにもなって、結局白紙に戻すということで、85年の11月にこのオフィスは閉めました。自分も日本に帰ろうかと思いましたが、彼女(後に結婚したエリザベッチ恵美子さん)とも知り合ったし、永住して、自分でクリニックを開いて、ここでがんばろうかなと思って。そして3人の子供にも恵まれ、30年経っちゃいました。
ブラジルの法制化運動へのかかわり
90年代になって、ブラジルできちんとしたカイロプラクティックを広めるための仲間として自分が呼ばれたんです。僕はDCじゃないけどいいのかって言いましたけど、いいからと言われて。メンバーは、医師でパーマー大学を卒業したシーラ・ボルジェス、DCではないけれどもアメリカのDCからカイロを習い、ブラジルのカイロプラプラクターとして名が通っていたマテウス・ソウザ、そしてクリーブランド大学を卒業したマリーノ・シュレー、そして自分の4人で始めました。92年にブラジル・カイロ協会(ABQ)をつくって、まず正規の教育がブラジルで受けられることを目指しました。今ブラジルにはフィバーレ大学とアンヘンビ・モルンビー大学の2つの大学にカイロ学部があります。CCE基準に準じた4250時間以上のカリキュラムで、ブラジル教育省から認可されており学士号が授与されます。それぞれ、パーマー大学とノースウェスタン大学と姉妹校関係を結んでいて、カリキュラム、教材の共有と、講師の交流があります。
振り返るとカイロの大学教育の達成はさっさと行きました。学問と職業とは別という考えなんでしょう。今、協会の会員は、海外の大学で勉強し戻ってきたDCと、国内大学卒業者を合わせて600人ぐらいいます。
職業制度の整備
理学療法士(PT)の団体が、カイロのマニピュレーションはPT治療の一分野だと主張してカイロを排除しようとし、裁判に発展したことがあります。数年前にカイロ側が勝訴しました。しかし、PTは財力、メンバーともにカイロとは桁違いです。裁判で勝っても大手を振ってできないという感じが未だにあります。
カイロは学問としては認められていますが、職業としては免許や国家試験制度の法律がありません。医者はそうでもないのですが、理学療法士からの反発が強く、なかなか法制化が進みません。ABQは、ブラジルの医療保険でのカバーや、公的な保健衛生を担うスタッフとして働けるような職業身分を保障する制度の確立を目指しています。
WFC世界大会
ABQをつくったときに「いつかブラジルでカイロの国際会議が開けるといいね」と話していたのを思い出します。それが去年(2011年)、4月にWFCの世界大会がブラジルのリオデジャネイロで開かれました。国内からは600人ぐらい参加があり、全体では900人以上の参加で、大成功でした。いろいろな研究発表がありましたが、国内2つの大学の学生が英語で堂々とプレゼンして、すごいなと思いました。自分は、彼らがそんなにレベルが高いとは知らなかったです。
世界大会参加は国際基準レベルのカイロプラクターとその学生限定ということだったので、カイロ標準化コース(CSC)まで充実していないけれども、ノンDCが参加できるようにアップグレードする予備セミナーが行われました。それを受けて昔からやっている人たち100人ぐらいが参加しました。
自分はその前に、米国カイロプラクティック試験委員会(NBCE)の試験がブラジルで行われたときに、それを受けました。ポルトガル語もおぼつかないのに(笑)、でも受かりましたよ。
これからのこと
今はもう協会の役職からは手を引いています。学生が何かするときなどお手伝いはするけれども、役なしです。ABQの会長は、今は母国の大学の卒業生が務めています。
家内は理学療法士で、自分のオフィスで一緒に働いているのですが、これからは、自分の子供も含めて家族ぐるみでやるビジネスを何か始めてみたいなあと思っています。今回日本に来て、そのための情報集めもやっています。
最後に日本の皆さんへのメッセージ
日本人の、心配り、気配りでの接客、道を極めるこだわり、手先の器用さは、他国にはない、固有の素晴らしい国民性であります。
真のカイロの啓蒙は、日々の診療であり、一人ひとりの患者の痛み、苦しみを取ってあげて結果を出していくことしかないと、思います。また治療家として、個々に切磋琢磨、人徳、哲学、エネルギー、知識、経験等、その人の深み、力(人間力とでもいいますか‥)を、高めていく事が、大事なのではないでしょうか?

取材を終えて

何の実績もないところから、カイロプラクティックの治療術だけでブラジルでオフィスを成功させ、カイロ協会の仕事でも実績をつくってきた長屋先生。自然体の中にパワーを感じさせるお人柄が伝わってきました。カイロが学問的には認められたのに職業としての制度はまだ確立していないというブラジルの事情は、日本にとって参考になる点が多々あると思います。これからも、ブラジルのカイロ事情や、文化やスポーツのことなど、いろいろ教えてください。

取材には奥さま同伴で来てくださり、お二人の暖かい雰囲気が印象的でした。家族ビジネスの展開もぜひ実現を期待しています!

<第13回> 吉田美和D.C.「アジャストができずアメリカへ、それを打破してくれる誰かがいてほしい」

投稿日:2013年01月13日

ロサンゼルス在住の吉田美和D.C.。カイロプラクティック・オフィスの運営と、4人の息子の母として日々大忙し。8月28・29日の「吉田美和D.C. アジャストメント・セミナー」(科学新聞社主催)のため来日した際に、セミナーの感想やロサンゼルスのカイロプラクティック事情などをお聞きした。
(聞き手:カイロジャーナル編集部 櫻井京)

日本でのセミナー活動と日本事情

2年半ぶりの日本でのセミナー開催だそうですが、今回のセミナーの感想をお聞かせください。
吉田:一言で言うと、女性パワーがすごかったです。活気があって、私も楽しかったです。日本の参加者には、何か燃えるものがあると思いました。日本のカイロプラクティック界が地盤沈下状態だと聞いていたんですけど、風が吹けばまだまだ行けます。今、ぽっとついた火が消えずに燃えていってほしいです。
私が日本を離れて、17〜18年になるんですが、アジャストについては20年前と全く状況が変わっていないと思います。特に女子のレベルは、あまり変わっていないです。
セミナーでは、最初はおとなしい感じでしたが、どんどん触発されていって、最後は女子の方が私を捕まえてでも質問する感じでした。2日間で変わりましたよね。ずいぶん上達したとも思います。ただ、女子の指導者不足という現実はあると思います。男子の指導者はいっぱいいると思うけど、D.C.だけじゃなくてノンD.C.でも、女性の人がもっと出て活躍してくれればと思います。世の中の半分は女なので。
アメリカでも教えられているのですか?
吉田:セミナーはやっていません。クリニックが南カリフォルニア健康科学大学(SCUHS)の学外クリニックになっているので、1、2人のインターンに教えるということはありますが。
日本人の女子は平均的なアメリカ人より腕力がないと思いますが、カイロプラクティックの手技においてはどうでしょうか?
吉田:それは全然関係ないですね。今回の出席者もけっこう身体の大きな人もいましたけど、私がアジャストできなかった人は一人もいなかったです。これから女性で開業する人は、ビジネスのノウハウも習ってぜひ成功してほしいです。日本では、カウンセリングができる人が少ないし、それらも含めた治療で、癒しをプラスしたカイロの空間ができてくるといいと思います。
最近WFCの新声明というのが出ました。「D.C.の“JAC/WFCの認めるカイロプラクター”以外へのセミナー活動を阻止すべき」としていますが、それについてはどう思われますか?
吉田:私のセミナーに関しては何も言われたことはないですし、その声明はよく知られていません。日本の現状は、外国人にはわからない世界だと思います。日本でやっている人にしかわからない状況です。外国人にはまず日本語がわからないし、日本のカイロプラクターが何なのかということも、柔整があって、鍼灸があって、療術があってなんていうことも、細かくわかっていないと思います。
私にしたって、実際にノンD.C.がアジャストするなんて考えられないことですから。
それはアメリカでは、ということですか?
吉田:アメリカでもどこでもです。医療行為だから。今日のセミナーでも言ったことですけど、解剖もわからない人に内臓の手術をさせるかってみんなに聞いたんですよ。そしたらみんなさせないって。そういうことなんです。だけど、どうせこの20年変わっていなくて、どうせ止めても、カイロプラクターが増えている(?)、もしくは、ずっと存在しているのだから、そうであればその人たちが事故を起こさずにちゃんとできるようにしてあげるのも道だと思うんですよ、どうせ止まらないから。アジャストするなって言ってもアジャストするんだし。だからその道をつくる役は私でもいいし、別な人でもいい。
本当はライセンスの更新みたいに、これを取らなければ開業させないというぐらいになって、ちょっとでもレベルが上がればいいかなぐらいに思っています。カイロプラクターと呼ばれている人達のピンキリの幅が大き過ぎます。でもそれは昔からです。協会なども全く1つになる気配もないし、何も変わってない。だけどどうせアジャストするならば、誰も傷つけないでほしいと思います。
CSC(カイロプラクティック標準化コース)の履修についてはどう思いますか?
吉田:そういうのに全く関与して来なかったから、アメリカに行く前のことしか知らないんですよ。今回アジャストを教えようと思ったのは、セミナーに人を集めるためじゃなくて、自分はアジャストができなくてアメリカに行ったけれど、それを打破してくれる誰かがいてほしいから、今回は自分が案内役になっただけ。教えてあげられるから。カイロのことを信じているから。だから今回は鑑別診断を始め、問診、整形外科検査、神経学と、カイロ大学の4年間を教えるぐらいの気持ちでやってみました。そうしたら皆、新たに解剖学の本などを買って、やる気をみせてくれました。
では、柔道整復師などに教えることはどう思いますか?
吉田:別にいいと思いますよね。鍼灸師とか。まだ解剖とか勉強してるだけいいですよ。やりたい人がやればいい。何でもそうだけど弱肉強食ですよ、本当に。でもそこで違うってことを見せつけて頑張ればいい。反対に、「カイロプラクターが柔整のことをやったっていいじゃない」ぐらいの、逆に食うぐらいの勢いのあるものになってほしいですよ。
結局はビジネスなんで、人気商売だし、選ぶのは消費者、患者さんです。そういった意味では、消費者の患者さんが、「カイロってすごい、お医者さんよりもいい」ってならないと。「カイロって怖い」じゃなくて。
アメリカだってカナダだってそう。政府が何度もカイロプラクティックを保険から除外しようとしたり、治療には医師の判断が必要とする法律修正案を出したりしてもことごとくつぶされます。何によってつぶされるかと言えば、国民の意見によって、選挙でつぶされるんですよ。日本もそれぐらいになってほしいです。
「続けられるだけでもすごいよね」じゃなくて「開業して流行って普通じゃん。だってカイロってすごいから」ぐらいにはなってほしいです。
今後のセミナー活動の予定は?
吉田:どうでしょう、全くわからないですね。今回は何も考えないでやっちゃいましたけど。もしかしたらこれが最後のテクニックセミナーかもってみんなに言ったんですよ。私にとってはセミナーをやらなくても何てことはないです。でも日本でカイロを始めて、アメリカまで渡り、私みたいな人達がやるのもいいのかなって思ったりもします。
吉田美和D.C

吉田美和D.C

アメリカ・カイロプラクティック事情

ところで、アメリカでもカイロプラクターをやっていくのは大変な時代になったと聞きます。特にカリフォルニアなどは人数が多くなっていると。それに卒業後、勤めるとしても歩合制のアソシエイトぐらいしかないとも聞きますけど。
吉田:そうですよ。学校卒業した人の半分以上がやめるんですから。やれる人はやれるし、やれない人はやれない。アソシエイトでやっていけなくてやめる人はたくさんいます。
最近の方が状況は厳しくなっていますか?
吉田:そうですね。保険で入るお金が減ったことが一番大きいと思います。保険の種類は多いのですが、ディダクタブルと言って、年間の医療費が5000ドルになるまでは自分で払わなくてはならないというような保険が一般的になってきました。そういう保険でないと高過ぎて一般の人は入れません。うちに来られている保険支払いの患者さんも、保険会社との契約上、毎回40ドルぐらい払っています。通常、現金直接払いはディスカウント・レートになるので、結局、保険を持っている人でも、現金払いの人でも、払うお金はそれほど変わらないという状況になっています。
低所得者対象の政府の健康保険というのは、カイロプラクティックも対象になるのですか?
吉田:そうですけど、でも一回20ドルぐらいしか出ません。一人にファイルを作ると、事務作業、その他で経費が20ドルぐらいかかる。だからほとんどのカイロプラクターはバカらしいから断っちゃいますね。
断ってもいいのですか?
吉田:いいんです。ただ、メディケア(政府の老人保健)は断れません。一回26ドルで、ほんとは取りたくないですけどね。でもそのお陰でファミリーで来てくれたり、その子供が来てくれたりとかもありますね。
いろいろあるんですねえ。では、一般料金というのはいくらなんですか?
吉田:うちは50ドル。全部現金払いという患者さんも結構います。金額は安い方だと思います。普通は65ドルぐらいにしているところが多いです。

クリニックでの日々

現在、運営されているカイロプラクティック・クリニック「ヘルスウェルネスセンター」についてお聞かせください。
吉田:元カリフォルニア・カイロプラクティック協会会長で、元南カリフォルニア健康科学大学(SCUHS)のクリニシャン、ドクター・バックリーとの共同経営です。私もここを始める前はSCUHSのクリニシャンだったのですが、その時代に彼からいろいろ学ぶことも多く、またライバルのような存在でもありました。ここは大学経営のクリニックだったのですが、大学の学生数が減ったことなどで経費が大変になり、私たちに引き継いでくれないかという打診がありました。建物は大学からのサブリースで、患者ファイルは渡すから従業員も全部面倒を見てくれという条件でした。その話がきたときに、私は妊婦だったので身動きが取れませんでした。10歳の子供を筆頭に3人の子がいてさらにもう一人……頭の中真っ白という感じです。結果的にはドクター・バックリーが話を進めてくれました。大学も妊婦は労働契約上切れないので、その期間を待って移行することにしました。私の出産予定日と開業予定日が一緒で、出産後のことはわからないのに、すぐ働かなくちゃいけないと思うとすごいプレッシャーでした。
出産してすぐに働き始めたんですか?
吉田:そうですよ、2週間ぐらいで。働かないと食べていけないし、甘い世界じゃないんです。うちのクリニックは経費が月々6万ドルぐらいかかっているので、それを確保しないと続かないですから。
患者はどのぐらい診ているんですか?
吉田:クリニック全体では一日80人ぐらいです。カイロのほかに、鍼治療も行っています。そのうちの40人ちょっとは私が診ています。一人に30分ぐらいはかけているので、すごく忙しいですね。私についているのが、D.C.が一人と、マッサージセラピスト、カイロプラクティック・インターン、メディカル・アシスタントの大学のインターンなどがいるので、もう昔の柔整みたいというか、怒鳴り合いみたいになることもあって、大変です。
すごく忙しいですね。
吉田:そうなんです、だけど儲からない。もうマクドナルド、薄利多売です。普通はもう少し潤ってもいいんだけど、大学との関係で経費が多くかかっているから。ビジネスに長けている人からは「何で〜?」って言われますよ。
英語はどうですか。経営者としてのマネージメントや患者対応などで苦労することはありますか?
吉田:日本人の患者さんは結構来ます。カイロプラクターになってすぐの頃は英語も不得意で日本人の患者さんばかりでしたが、今は6割ぐらいが日本人です。今は患者対応には英語で何も問題はありません。最近は英語は気合いだと思っています。アメリカン・ジョークで笑わせることもできるようになってきたし。ドクターの言うことは患者も聞こうとしますから。
ビジネスの契約とかそういう難しいものは、パートナーのドクター・バックリーや受付の人に回したりしますね。
英語のコンプレックスはずっと、一生あるんじゃないかと思います。もうこちらに来て10数年、はっと気がついたら映画に字幕がいらなくなっていますが、それでも日本語とは違う。今でも文章を書くのは嫌いです。でもあと10年したら自分の息子にでも書いてもらったらいい、ぐらいに思っています。
治療の流れはどのように組み立てているのですか?
吉田:日本的治療ですね。最初に暖めてマッサージもします。マッサージは私もやります。リハビリの患者にはエクササイズもさせるし、結構たくさんのことをやっていると思います。人間の身体は関節、骨だけじゃなく、筋肉組織が支えているものだから、弱い筋肉は鍛えるし、硬い筋肉は緩めてバランスを取ります。
アジャストは、基本的にディバーシファイドだけです。老人や妊婦には、SOT、アクティベーターも使いますけど、その治療システムに完全に則ってやっているわけでもありません。
私には安藤喜夫D.C.という師匠がいて「現代人は運動もしなくなっているから、人間の身体は基本的にハイポだ。そのハイポを見つけてアジャストしろ」と言われてきました。その真理をずっと信じてやっています。
また、チェーン店みたいな、だれでもできるカイロがしたいんです。ノウハウを習い、それを守れば事故のないちゃんとしたアジャストができること。鑑別診断ができること。割とシンプルです。チェーン店みたいに同じような味が出せれば、それが日本の法制化につながるんじゃないかとも思っています。これはスペシャルでアドバンスで自分にしかできないという治療はやりたくありません。後継者は育てたいし、もっと質のいいカイロプラクターを増やしたいと思っています。
帰国することも含めて、今後の予定は考えていますか?
吉田:日本に帰りたい気持ちはありますが、まず3年は、契約もあるので今のクリニックを運営していきます。その後は、もっと小さいクリニックに移るかもしれないし、どうするかはわかりません。
今は長期休暇を取ることもないし、臨床が終わってもペーパーワークがあるので、お休みは日曜日ぐらいです。でも仕事が好きなんで、仕事がバケーションみたいなものです。
本日はありがとうございました。くれぐれも健康第一で、今後もご活躍ください。またぜひ日本に来てくださいね。
(聞き手:カイロジャーナル編集部 櫻井京)

<第12回> アラン・クロアビエD.O.「まず感じて、それからどうするかを考えるのがオステオパシーの基本」

投稿日:2013年01月12日

『末梢神経マニピュレーション』の著者アラン・クロアビエD.O.は、日本オステオパシーメディスン協会(JOMA)の招きで2010年5月2〜4日に来日、「日本語版出版記念セミナー」が開催された。
クロアビエD.O.に、著作が生まれるまでの経緯や、テクニック習得のヒントを伺った。

「末梢神経マニピュレーション」というテクニックは、体表から神経を触診し直接治療する方法として紹介されていますが、これはオステパシーの伝統的手法なんですか?
クロアビエ:これは全くのオリジナル・テクニックです。もちろんゼロから何かができるわけではありませんから、オステオパシーの基本があったわけですが、何かをコピーしたということは全然ありません。
どのようなきっかけで生まれたものなのでしょうか?
クロアビエ:今から20年程前、私はバラル先生(ジャン=ピエール・バラルD.O.)と同じクリニックで働いていました。私たちはむち打ち症の患者の苦痛を軽くしてあげたいと思い、むち打ちの瘢痕組織をいろいろ研究していました。その中で、硬膜の固着と神経叢の緊張や固着を取り除くことにより、症状が非常に改善することがわかってきました。そこで結果として、生体力学的に中枢神経、末梢神経を研究するようになっていきました。
この手法を発見した頃、これが一つのコンセプトとなって、本を出版したり、翻訳されて世界中に紹介されたりするとは思ってもみませんでした。
『末梢神経マニピュレーション』はバラル先生とクロアビエ先生の共著ですが、テクニックの開発も共同作業だったのですか?
クロアビエ:バラル先生はいろいろなアイデアを持っている人で、臨床上何か発見があるとそれを話してくれます。私もそれを試してみたり、また自分のアイデアをバラル先生に伝えることもあります。お互いの手法をそれぞれ使ってみて、より効果のあるものを選別するようにしました。そのようにして、より効果の高いテクニックに仕上げ、本にまとめました。
神経を直接マニピュレーションすると聞くと「すごいアイデアだけれどもそんなことができるのだろうか」と思ってしまいます。この本を読むだけでテクニックを使えるようになりますか?
クロアビエ:簡単なものはすぐに使えます。この本はフランスで2004年に発売されたのですが、今もよく売れています。本の内容に興味を持ち買って、使ってみたら結構使えるので、もっと興味が出てセミナーに参加する、という人が多いです。私はアメリカでも教えているのですが、アメリカでも同じような経緯でやって来る人がほとんどです。
「簡単なもの」とは、例えばどのテクニックですか?
クロアビエ:腋窩、肘前面、膝の後ろなど、くぼんでいるところで神経をあつかうテクニックが分かりやすく簡単だと言えます。
ほかにも本からテクニックを習得するためのアドバイスをいただけますか?
クロアビエ:一番重要なことは、頭で考えずに自分が感じたことをやってください。実際、頭で考えたことをやろうとする人が多いのです。そうではなく、まず感じて、それからどうするかを考えるのがオステオパシーの基本です。まずメッセージを受け取ることです。簡単なテクニックを手で感じたことをもとにやってください。
また、スタディーグループをつくって、みんなで勉強するというのはたいへんよい方法だと思います。アメリカではセミナー修了者が中心となって、いくつかの地域でスタディーグループがつくられ、臨床研究やテクニック習得の場となっています。
最後にこのテクニックを臨床にどのように組み込めばよいかを教えていただけますか?
クロアビエ:オステオパシー診断学に通じることなので一言では言えませんが、症状に対する適応は経験的にいくつかあります。いわゆる神経痛やむち打ち症など。しかし物事を分けるというのはメディカルの考え方で、私たちの仕事とは違うものなので、この症状にこのテクニックというようなものではありません。
また、身体全体の健康のために末梢神経マニピュレーションを使うことができます。さらに、他のテクニックの前処理として用いて治療効果をさらに上げる、というような使い方もできます。
安全性という意味でも優れています。例えば急性の頸椎捻挫で他の手技が難しい状態であっても、私たちのこれまでの臨床で副作用が出たことはありません。ですので幅広く臨床に使用することができます。
本日はありがとうございました。また来日して、ぜひセミナー開催をしていただけることを願っております。
(聞き手:カイロジャーナル編集部)

書籍『末梢神経マニピュレーション』
日本オステオパシーメディスン協会
http://www.japan-osteopathy.com

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