2006 11月カイロプラクティックジャーナル

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<第5回>フィロソフィーはこころ

投稿日:2006年11月11日

苦労の末に楽しみが・・・仲間になって共に語ろう
カイロジャーナル57号(2006.11.11発行)より

カイロプラクティックはアート、サイエンス、そしてフィロソフィーだという言葉は、カイロプラクティックを勉強した者なら誰でも知っている。しかし、それを理解している者が一体どれだけいるだろうか。この基本的な三つの言葉がどれだけ大切かは、私自身、歳を負うごとにズシリと感じている。

学校に甘えないで

アートは技であり、サイエンスは知識、そしてフィロソフィーは「こころ」なのだと私は理解している。最近のカイロプラクティック教育の問題は、この三つのバランスが崩れていることにあるのは誰もが感じているところだろう。現在の教育は知識ばかりを詰め込み、技の伝授は情けないほどお粗末だ。アメリカのカイロプラクティック大学は、学内でのアジャストメントによる事故を恐れて、学生たちにまともに技の伝授をするどころか、練習さえ禁じている状態だ。学生たちも学校側の意を汲んでか、ただの怠慢か、練習不足は補いようもなく、卒業してもアジャストメントが上手くできない半端なカイロプラクターなのだ。

アジャストメントができない者はカイロプラクターではないはずなのに、カイロプラクターを名乗る者で溢れかえっている。この状態を変だと思わないのだろうか。いくら知識があろうと、技がなければ臨床においては手も足も出ず、全くのごまかし治療になる。そして次第にごまかしの治療に慣れてしまい、何も感じなくなっていくのだ。

知識というものはテストによって査定しやすく、優劣を数字で判断できるので学校教育においては非常に便利だ。知識のない者にカイロプラクターになって欲しくない。レベルが下がるからだ。そう思っている教育者は沢山いるだろう。それなら、技術のない者がカイロプラクターを名乗っている現状はどうなのだろう。そして、カイロプラクティックのこころを持たない者はどうなるのだろう。

学校教育は大変な仕事だ。苦労ばかり多く報われることが少ないかもしれない。いくら一生懸命教えても、学ぶ側の気持ちがそこになければ空回りする。そして学校のカリキュラムとして教えられることは限られている。カイロプラクティックを学ぶ者は学校に甘えないで欲しい。学校のせいにしないで欲しい。学校は基礎的なものを学ぶ場所なのだ。カイロプラクターとして独り立ちするためには、在学中に自分から積極的に学びの場を外に求めていかなければならない。学校の中にだけいるようでは、卒業しても右も左もわからずに結局消えていくことになる。

本質を学んで愛する

技を学ぶというのは大変なことだ。少しのことでへこたれている学生を見ると、人生において何か大きな勘違いをしているのではないか、と心配になる。簡単にできることなら誰も苦労しないし、特殊技能とは呼ばないのだ。苦労して苦労してようやく手に入るから、価値があるし面白いのだ。そして、そのような苦しい努力を続けるためには、カイロプラクティックのこころ、すなわちフィロソフィーを強く持っていないと頑張れないのだ。

フィロソフィーを持つということは、カイロプラクティックの本質を学んで理解し、カイロプラクティックを愛することだ。そうすれば技の習得に必要な努力もできるし、自分の目指すべき道が見えてくる。カイロプラクティックが楽しくなってくる。いくら知識や技術があろうとも、カイロプラクティックのこころがない者がそれを使っても効果は上がらない。そして、徐々にカイロプラクターではなくなっていくのだ。

10月に東京でフィロソフィー・ナイトというイベントを行った。会場一杯の参加者が集まり、「カイロプラクティックのこころ」について語った。そこには学位、学校、団体、テクニックのくだらない垣根はなく、カイロプラクティックを愛する者が集った。だから、とても楽しかった。本当に楽しくて、こんなに楽しくていいのかな、と思ってしまうぐらいだった。純粋にカイロプラックティックっていいな、仲間っていいなと思えるイベントだった。集まった人たちすべてが感動した。元気をもらった。カイロプラクティックのこころを語り合うだけで、こんなにも盛り上がれるなんて、なんて素晴らしい仕事だと思う。

どんどん外に出よう

嬉しいことにほとんどの学校から参加者が来てくれていた。少しずつ仲間が増えていっている。学校によってはわざわざこの日を休講にして、学生たちが参加しやすいようにしてくれた。心が感謝で一杯になった。金曜の夕方で仕事を抜けられなかったり、学校の都合で来られずに残念な思いをした人も多かったことだろう。でも、次回はどうにか都合をつけて参加して欲しい。なぜなら、フィロソフィー・ナイトからもらう元気、やる気、勇気、喜びはカイロプラクターとして生きていく上で何事にも代え難いものだからだ。「来てよかった!」参加者の誰もが心から感じた感想だろう。

来年はフィロソフィー・ナイト三大都市ツアーを考えている。沢山の仲間とカイロプラクティックのこころを語り合って、喜びを分かち合いたいと思っている。業界の中には、自分たちの団体以外のイベントには食べず嫌いで見向きもしない方が多い。でも、そんなのもったいないし、つまらない。同じカイロプラクティックを愛する者なら、そんなくだらないしがらみで自分を殻の中に閉じ込めずに、どんどん外に出て自分自身を成長させるべきだ。外から眺めて、なんだかんだ批判や文句を言うのが得意な人が多いが、そんなのどこが楽しいのだろう。

少なくともわれわれは楽しくやっているし、どんな困難が来ようとも助け合っていく仲間がいてくれる。どんどん仲間に入って欲しい。われわれは決して束縛しないし、決まり事もない。ただ、皆で一緒に楽しく本気でカイロプラクティックをやっているだけだ。カイロプラクティックのこころを一緒に語り合い、喜びと元気で一杯になって生きていける幸せ者なのだ。一人でも多くの人たちが、カイロプラクティックのこころを語る仲間になって欲しいと願っている。

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