フレキシブルに原点回帰 第5回 | カイロジャーナル

  フレキシブルに原点回帰 第5回

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フレキシブルに原点回帰 第5回

選手やコーチのケア リオ五輪 奮闘の記録!
カイロジャーナル87号 (2016.10.15発行)より

ぶれない軸で好結果 この経験は一生の宝物

8月10日よりリオデジャネイロに滞在し、オリンピックの医療スタッフとして選手村内の総合クリニックにて、アスリートやコーチなどスタッフのケアに当たる機会に恵まれました。カイロプラクターの立場で、理学療法士やオステオパスらと互いの長所を生かしながら、医療チームとしてオリンピックに携わることができましたことは、大変貴重な経験となりました。また、ボランティア参加に際しまして、個人的に応募をしたにもかかわらず、カイロジャーナル様には、ネット上での緊急速報及び寄付金の募集など、思いがけないご支援をいただきまして、誠にありがとうございました。同時に、ご賛同いただきました皆様、並びに関心をお寄せくださいました皆様には、この場をお借りし、心より感謝申し上げます。

初日の緊張

リオデジャネイロ・オリンピック(以下リオ五輪と省略)という大舞台が私の世界デビューの場でしたので、初日の朝、冷静を装って初出勤したつもりでしたが、周囲のスタッフには私の緊張は明白だったようです。

出勤して間もなく、理学療法士から陸上選手のケアを任されました。翌日に競技を控えている選手でしたが、アキレス腱の痛みがあまり改善しないというのです。ケアの記録に目を通したところ、ポルトガル語で書かれていたので、英語がわかるスタッフに英訳してもらい難を逃れました。どうやらアキレス腱そのもののケアしか行っていなかったようです。こんな時こそカイロプラクターとしての原点回帰をすべきだと思いました。あらゆる可能性を見出したいので、アキレス腱に限定せず、全身を検査させて欲しいとその選手に申し出たところ、快諾してくれました。それまでケアに当たっていた理学療法士も私のアプローチに興味を示し、選手、そして理学療法士に説明を加えながらカイロのケアを施しました。アキレス腱の状態やカイロの触診の結果、私は仙骨のサブラクセーションに確信を持ちました。迷うことなくアジャストメントを施した結果、アキレス腱の痛みはほとんど感じないほどに改善しました。陸上選手は喜びのあまり、その場で飛び跳ね笑顔を見せて握手を求めてきました。

総合クリニック内では、理学療法士との分業や共同作業は、カイロが今後も五輪に残るためには重要であると五輪前半に担当していたDCや共同生活をしていたFICS所属のDCからアドバイスを受けていました。ですので、その選手が希望したテーピングは担当理学療法士に任せることにしました。

スタートで好感触を得た私は、その後は自然と笑顔が溢れていたらしいのですが、喜びに浸っている間もなく、次々とカイロを希望される選手が入り口付近の椅子に腰掛けていました。私は、対象がオリンピック・アスリートであっても、カイロプラクターとして行うべきことを行うことにより結果が出る喜びで、忙しさすら楽しく思えました。

仲間のカイロプラクターたち。左からオーストラリア、ノルウェー、スウェーデンのDC

カイロの位置付け

カイロはオリンピックの中では理学療法部門の医療の一つとして存在しており、ブラジルも日本と同様に法制化が成されていません。そういった事情からなのか、アスリートが初めからカイロを希望して総合クリニックを訪問しない限り、振り分けはスポーツ医師に任されていました。彼らがどれだけカイロの情報を持ち合わせているのかわかりません。そのため、スポーツ医師が理学療法士にアスリートを送り込むことが多く、カイロプラクターやオステオパスは基本的に午前、午後のシフトにそれぞれ2名(閉会式後の3日間は私1名でした)ずつでした。これと比較して、理学療法士の配属数は圧倒的に多かったです。

そんな中、理学療法の順番を待っているアスリートから「手が空いているようだけど診てもらえないか」と問われることがありました。「私は理学療法士ではなくカイロプラクターですが、それでも構いませんか?」と尋ね返すと、ほとんどの選手は「構わない」とおっしゃってくれました。以前に受けたことがある方もいれば、全く初めての方も多く、ケアの後には「こんなに短時間で改善する医療はない」と嬉しいお言葉を頂戴し、次回の予約を入れてお帰りになる選手が日々増えていきました。

急性腰痛にカイロ!

ある日、某国の女性柔道コーチが急性腰痛症でやってきました。常に予約で大忙しの理学療法士には「予約なしでは待つことになります。」と言われて落ち込んでいる場に遭遇しました。そして私に「あなた、診てくれない? 痛くてようやくここまで来たのになかなか診てもらえないのよ」と絞り出すような声で助けを求めてきました。私は自分がカイロプラクターであることを告げて了承を得た後、ケアに当たりました。アジャストメントには相当の苦痛をお感じになったことと思いますが、そこはさすがに柔道のコーチだと感じました。彼女の忍耐力とイネイトの力で、劇的な改善を感じたようです。帰り際に彼女は笑顔で「私の国にはカイロはないの。だから帰国する出発前までケアしてもらいたい」とおっしゃり、約束通りに通ってくださいました。「こんなに素晴らしい医療がなぜ世界にもっと認知されていないのかしら。私はみんなに勧めるわ。できれば学びたいぐらいよ」と真剣な面持ちで語り、そして帰国日の最後のケアの際には、「日本で柔道の合宿をしたいの。その時、また診てもらえない?」と依頼を受けました。「残念ながら私は東京ではなく、北海道という北国で臨床しています」と告げると「そこで合宿するわ。チームメイトのケアもお願いしたい」とおっしゃって、連絡先を残して帰国されました。

総合クリニックの全スタッフ・メンバー

感動と達成感

今回のリオ五輪への応募は、東京オリンピックを視野に入れた業績作りと、一流アスリートのケアに携わる経験作りが私の主な動機でした。しかしながら、五輪は、カイロの世界普及への絶好のチャンスの場であることも改めて認識することになりました。ケアに携わるご縁があったアスリートやコーチに好印象をお持ちいただけたことは、大きな手応えとなりました。

また、五輪・カイロチームのメンバー、特に共同生活を送った5名との絆を深められたこと、そして親切で優しく迎え入れてくれたブラジル人スタッフの暖かさに心を打たれ、終始感動に浸りました。リオ五輪での経験は、プライスレスな大きな心の宝物となり、この先忘れることはないでしょう。そして、普段の臨床であれ、大舞台でのアスリートのケアであれ、カイロはカイロ、ぶれない軸を維持してケアに当たることで、必ず結果を得られることを実感致しました。

前述の通り、IOCでは、カイロはオステオパーシーとともに理学療法の傘下として位置付けているようです。五輪終盤になって、IOCの理学療法部門長であるDrグラントが理学療法室にお越しになり、私たちスタッフ全員の功績を讃えてくださいました。そしてチームリーダー(理学療法士)へは労いの言葉が送られました。チームリーダーの重責がどれだけのものであったのかを、彼の感極まる姿で推察することができました。自然と彼を囲むようにスクラムができあがった時、私も感動と達成感を共有させていただきました。

最後に、私たちの五輪、パラリンピックへの参加に際しまして、多くの皆様方から応援をいただきましたことに、重ね重ね御礼申し上げます。私たちのアクションが、2020年の東京五輪に繋がり、カイロの法制化が未だままならない日本政府へのアピール、並びに世界発信ができることを切に願います。

選手村の五輪モニュメント前で

後藤雅博(ごとう・まさひろ)
後藤カイロプラクティックオフィス(北海道帯広市)院長。
パーマー・カイロプラクティック大学卒業。
『カイロジャーナル』に「フレキシブルに原点回帰」連載中。
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