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  『メジャーリーグ 治療法と実技』

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『メジャーリーグ 治療法と実技』

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日付2015年11月20日
時間15:00〜20:30
会場TKP市ヶ谷カンファレンスセンター ホール6B
〒162-0844東京都新宿区市ヶ谷八幡町8番地TKP市ヶ谷ビル6F
主催キネシオテーピング協会
定員200人
   kineshio

『メジャーリーグ 治療法と実技』チラシ

伝説のトレーナー

激務とチャンスからミスター5000試合へ
ゲーターレード誌 マギー・ラカンブラ

クリーブランドインディアンズのへッドアスレティックトレーナー”ジミー・ウルフィールド”によると、メジャーリーグクラブで長い期間成功する鍵は”良い仕事倫理を持ち言葉をコントロールすること”だと言う。ウルフィールドはこのアドバイスをリック・グリフィンの初期の経歴の頃し、そしてグリフィンは33年近く、5000試合をシアトルマリナーズで実証し、このアドバイスは彼の心をつかんだ。

<いかにスタートしたか>

ユタ州ブリングハムシティ出身のグリフィンはユタ州立大学に通った。スポーツと医学に興味を持っていたが、彼のフレッシュマンの年の春までは、グリフィンはその両方への情熱がアスレテックトレーニングによって実現できるとはわからなかった。アギーの春のフットボールを見た時、レシーバーとディフェンンスの背中が衝突するのを目撃、左のレシーバーが怪我をした。アギーのへッドアスレティックトレーナー”ダール・ミルデンバーガー”とナショナルアスレティックトレーナー協会栄誉殿堂メンバーは走ってフィールドに入り怪我した選手を助けた。このことはグリフィンの気持ちを喚起し、ミルデンバーガーについて、よりプロフェッショナルを学ぶことを決めさせた。すぐ後グリフィンはアスレティックトレーニングルームのレギュラーとなる。注意深くミルデンバーガーの選手に対する仕事を観察、結局アスレティックトレーニング学位を得る。グリフィンは1977年、教育/教えの理学士としてユタ州立大学を卒業、ユージンのオレゴン大学でアスレティックトレーニング教育を続け、1978年解剖学とスポーツ医学の理学士として卒業する。オレゴン大学時代グリフィンはウィンストンチャーチル高校でへッドアスレティックトレーナーとしても、また大学では3つのアスレティックトレーニングのクラスを教えた。グリフィンはアスレティックトレーニングの学生と仕事をすること、彼らのために時間を費やすことを愛した。グリフィンは彼らに言う”失敗をせず、君が望むことを成就させるための良いチャンスをつかめ、チャンスを得ることを恐れるな”

<彼自身のアドバイスを受けること>

グリフィンは彼が学生に与えたアドバイスによって明らかに生きた。事実それはグリフィンを野球経験を得ることへ導き、後にマリナーズでの彼のポジションを確保する中で決定的に証明される。大学のアスレティックトレーニングルームで働いていたある午後、グリフィンは電話に出た。シンシナティーレッドのマイナーリーグファームディレクター”ケース・ベンダー”が電話相手、ロッキーボールチーム、ユージンエメラルドで働くアスレティックトレーナーを探していた。迷うことなくフルスケジュールの大学、高校での仕事のかわりに、その仕事を引き受けるとグリフィンはベンダーに言った。グリフィンはエメラルドで4年間働く。この落ち着いた行動は彼がシアトルのドクター”ケース・ペターソン”のスポーツ医学クリニックで新しいことに挑戦、仕事を得ることを決めた1981年に終了した。しかいすぐにグリフィンは野球経験をいかに失ったか悟りシアトルマリナーズアスレティックトレーナー”グレイ・ニコルソン”に連絡、ボランティアとして彼の時間を申し出、もう一度チャンスを得る。ニコルソンは感謝し、グリフィンがすぐにプロ野球選手のケアをする”秘密”を学ぶ球場に彼を招いた。”もし彼らが君を知らなければ、彼らは自分たちにするすべてのことに対して君を信用しない”この気持ちを持ちグリフィンはシーズン中25ゲームに参加、何もせず、ただ選手の観察、うろつきまわった。幸いにもこの行動によりニコルソンは1982年のシーズンの終わりに引退を通告、グリフィンにマリナーズへっドアスレティっクトレーナーのポジションを申請することをすすめた。グリフィンはニコルソンのポジションをわずか26歳の新人である自分が受けることを笑ったが、もう一度彼自身のアドバイスに心を留め、申請により機会を得た。150人の申請者の内グリフィンはすぐトップにのぼり1983年マリナーズのへッドアスレティックトレーナーに就任、マイナーリーグシステムを通ることなしで、へッドアスレティックトレーナーのポジションについたMLB内でも2,3人の人間となった。

<長期にわたる活躍>

今年はグリフィンのマリナーズのへッドアスレティックトレーナーとしての33年目の年となる。”私には後悔はない、私は最高の仕事を最高のチームとした。私は別のチームに行くことも出来た、しかし私はシアトルにいることを選んだ”グリフィンは言う。若い子供たち、良いマネージメント、良い選手、コーチがグリフィンをシアトルにとどめた。この安定性からグリフィンは彼のサポートシステムを作りあげることが出来、1人のへッドアスレティックトレーナー、1人の療法士から、選手の健康と安全を改良していく4人のアシスタントアスレティックトレーナー、5人の療法士というへッドアスレティックトレーナーチームに発展することが出来た。彼の彼、彼のスタッフに対するルールは”私たちではなく選手だ”この仕事倫理の考え方はグリフィンと彼のスタッフに1999年プロフェッショナルベースボールアスレティックトレーナーズ協会によるアスレティックトレーニングスタッフアワードを獲得させた。マリナーズにおいて、この強固なスタッフを作り上げることに追加してグリフィンは日本からのアスレティックトレーナーの評判の良い春のトレーニングインターンシップをコーディネイトした。彼は、私は日本スポーツ医学インターンが宣言している“彼らの仕事倫理、知識への渇望が印象的だった”に大変いつくしみを持ったと言う。この年は日本のキネシオテープ主催による20周年プログラムの年、グリフィンはアリゾナの春トレーニングの100回目の日本交換留学生のホストとなった。

<トップの座への到達>

162のゲームシーズンの過程の上、チームの健全性と良好性を維持することは困難な仕事にも拘わらず、グリフィンは1つのチームとしてそれを32年間マネージメントした。グリフィンのMLBにおける長年のキャリアの中の大きな成果は2014年6月4日の受賞、ミスター5000試合だ。彼は選手が5000試合達成、700名の選手、1つのチームに100マイルのテープ使用という記念のTシャツを選手たちが着ていることに驚いた。“こういうことはビックリーグのデーブ・プスレー、ゲーン・モノハン、ハーム・シュナイダーという人達の一握りが5000試合に到達するだけのことだと思っていた”リックは語る“私は本当にこの会社にいたことが幸運だった”33年をこえる経歴は、いかに人が自分の仕事をするか、携帯電話が私たちの働きを大きく変えるのにインパクトを持ったように変化としておこるだろうと確信する。彼の仕事統合が増加する一方、優秀な選手からのより良いケアの要求も増え、グリフィンは出来る間は出来るだけMLBの仕事をし、計画し続けることを未だ楽しんでいる。しかしその時が来た時はケアーした人間として、“人々に彼が私を助ける努力をしたと言ってもらえれば”と望む。リック・グリフィン シアトルマリナーズ へッドトレーナー

リック・グリフィン 略歴

リック・グリフィン(57)は1977年ユージン オレのウィンストンチャーチル高等学校でスポーツの教師、アスレチックトレーナーとしてのキャリアをスタートした。1978年グリフィンは出身地ウタ ブリンハムシティにてマイナーリーグ シンシナティレッドのユージンエメラルドのアスレティックトレーナーとなり、プロフェッショナル野球の道に入った。1981年グリフィンはシアトルスポーツメディカルクリニックにフルタイムのアスレティックトレーナーとなり、その後1983年にはシアトルマリナーズのへッドトレーナーとなることになる。2011年5月グリフィンはマリナーズで4500試合を経験することとなる。NATA,ACSM,NWATSのメンバーのグリフィンは1989年―1995年、PBATSアメリカンリーグアスレティックトレーナー代表として活動、また1987年、1995年、2001年、2010年はアメリカメジャーリーグベースボールのオールスター戦に参加する。1996年はメジャーリーグオールスター戦の日本ツアーに参加、1994年、1995年、1998年、2000年、2001年、2002年は日本で講演活動を行う。グリフィンはモンタナプロロデオサーキットに健康管理業務を提供、熱心、貪欲なハンターであり釣人、ワッシュ ボーゼル在住

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