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カイロジャーナル78号

  • カイロプラクターの最重要文献は?
  • マッコーリー大学、カイロ学部閉鎖へ
  • 医師の目に映るカイロプラクティック 北欧2国 違いクッキリ
  • カナダ アスリートのカイロ活用広がる
  • ロバート・ワッサーマンDCの私のカイロ人生inシンガポール


カイロプラクターの最重要文献は?

パーマー大学がアンケート調査

科学性重視はっきり

「カイロプラクターにとって最も重要な文献は何か」を調査した初めての研究が、今年の夏発表された。パーマー大学の研究チームが、カイロプラクティック大学の研究部長や研究実績のあるカイロプラクターに対してアンケート調査を行い、結果を集計した。様々な文献が挙げられた中で、突出して多くの回答者に指示されたのが「マニュアル・セラピーの効果:イギリス・エビデンス・レポート」だった。証拠に基づいた診療を推進するためにイギリスでまとめられたもので、これまでもカイロの有効性を論じるときに多く引用されてきた。今回の研究発表で、この論文の重要性はさらに不動のものになったと言えるだろう。

『カイロ職のとって最も重要な論文:カイロ研究リーダーの調査』と題する研究(注1)は、パーマー大学の研究センター、クリニック、テクニック部などに所属するDCと教育研究者により行われたもので、2011年の夏から秋に調査が実施された。パーマー大学といえば、サブラクセーション・ベースのカイロや伝統的なフィロソフィーに基づいたカイロ教育と実践を行っているイメージを持つ人も多い。しかし、カイロのリーダー的存在として研究を重視しており、アメリカ政府から研究費も給付されているため、証拠に基づいた診療(EBP※)の研究も活発である。

今回の研究目的は「カイロ分野で、カイロプラクター、学生、大学関係者が読んで、EBPに役立てるべき最も重要な研究論文のリストを完成すること」だった。その背景には、主流医療において臨床上の意思決定は証拠に基づいて行われるべきであるとの認識が高まり、医療現場のみならず、教育や政策決定においても不可欠になっている現状がある。本研究には、どのような論文がEBPに重要かのリストを作成することで、臨床家や学生にEBPを普及し役立ててもらうという教育的趣旨がある。

調査はオンラインで

アンケート調査は、カイロ大学の研究部長、カイロ専門誌の編集者、カイロ研究者で近年主要な研究論文を発表している人などを厳選して選び、オンラインツールのSurvayMonkeyを使って行った。68人に送付したが、最終的なアンケート協力者は17人(25%)で、リスポンス率の低さが課題として残った。

回答は、選択肢の中から選んでもらう形式を取らず、回答者に、論文の著者、タイトル、雑誌名、発行年を書いてもらった。そして、なぜその論文がカイロ界にとって重要であり「すべてのカイロプラクターが読むべきである」と考えるのか、その理由も書いてもらった。回答者は最高6本まで論文を選ぶことが可能だった。

これらの選ばれた論文に関しては、二次分析として、GoogleScholarを用いた論文の引用回数、論文アクセスのし易さ(無料か有料か、オンラインで読めるかなど)を調べた。

情報の新しさもポイント

回答者が推薦した論文は41件だった。そのうち複数の回答者から推薦された論文は6件で、5件が2人の回答者から、1件が6人の回答者から推薦された。その1件が『マニュアル・セラピーの効果:イギリス・エビデンス・レポート』(注2)(以下UKレポート)である。

41件のうち、40件は専門誌の投稿論文で、1件が書籍に含まれる論文だった。推薦論文が最も多かった専門誌は、カイロプラクターの研究発表の場としてつくられた『JMPT』と、脊椎の専門誌の『spine』だった。41件の推薦論文の発表年は1995年~2011年までの幅があったが、11件の論文が10年~11年に発表されており、新しい情報を推薦する傾向が強かった。

入手のし易さも重要

有料でしか読めない論文もあれば、オンラインで無料で読める論文もある。有料の場合は、雑誌自体を購読するか大学などの専門図書館でコピーするか、または論文を購入するかしかないので、原文を読む人の人数は大幅に減る。『JMPT』と『Spine』は基本有料だが、無料で読めるものもある。

一方、カイロ研究者が最近活発に投稿しているオンライン専門誌の『Chiropractic & Manual Therapies』は、オープンアクセス(無料)ですべての論文が公開されている。UKレポートもオープンアクセスのこのサイトで発表された。

GoogleScholarでの2次分析では、100回以上引用された論文が8件あったが、その多くがオープンアクセス論文だった。最も引用回数が多かったのは、『Annals of Internal Medicine』に掲載された腰痛のガイドラインに関する論文だった。

注1:
Barbara A Mansholt, John S Stites, Dustin C Derby, Ron J Boesch, Stacie A Salsbury: Essential literature for the chiropractic profession: a survey of chiropractic research leaders. Chiropr Man Therap 2013, 21:33
注2:
Bronfort G, Haas M, Evans R, Leininger B, Triano J: Effectiveness of manual therapies: the UK evidence report. Chiropr Osteopat 2010, 18:3.(Chiropr OsteopatはChiropr Man Therapに雑誌名が変更された)

※EBP:Evidence Based Practiceの略。EBMのMはMedicineなので、カイロでは、通常EBPを使う。

UKエビデンス・レポートの概要

イギリス・カイロ評議会(GCC=イギリスのカイロ法に基づき、カイロの制度を策定、管理する機関)が、カイロの業務範囲をめぐる訴訟問題が起こった際に委託事業として行った研究。ノースウェスタン大学、ウェスタンステイト大学の研究者が中心となって実施され、2010年に『Chiropractic & Manual Therapies』に発表された。

筋骨格系13種類、頭痛4種類、非筋骨格系9種類の26の疾患・障害に対して、有効性の科学的証拠を調査し、まとめた(表2これはたぶん入らないので、その場合は削除)。

脊椎マニピュレーション/モービリゼーションの効果が確立されているのは、成人の急性と慢性腰痛、急性と慢性の頸部痛、偏頭痛、頸椎原性頭痛、頸椎原性めまい、いくつかの四肢の関節障害であると結論づけた。中背部痛、座骨神経痛、緊張性頭痛、尾骨痛、顎関節症、線維筋痛症、生理前症候群、小児の中耳炎、夜泣きなどは、有効性を結論づけられない、喘息、月経困難症は、偽治療と比較して効果がないとした。

この研究については、今回紹介した論文だけでなく、これまでに様々なカイロプラクターが「最も総合的な学術的レビューである」として論評している。論文発表後すぐに、スコット・ハルドマン氏(MD, PhD, DC)は、「他にも系統的レビューはあるが、これほど広範囲の特定疾患に対するカイロと徒手療法の有効性を検証した論文はない。カイロプラクターだけでなく、医師、医療政策の策定者にとっても価値があるものである」と評した。

この研究では、マニピュレーションだけでなく、モービリゼーション、マッサージ、その他の軟部組織治療も含め、徒手療法全般の有効性が検討された。ハルドマン氏は、特定のテクニックが有効かどうかを確かめるより、疾患別に徒手療法の有効性を検討した方がよほど研究として意義があると評価している。

1面表1


マッコーリー大学、カイロ学部閉鎖へ

オーストラリアで最も規模の大きいカイロプラクティック学部を持つ、マッコーリー大学(ニューサウスウェールズ州)が、カイロ学部を閉鎖することを決めた。現在の1年生が卒業する2017年までは学部を存続させるが、移管先を探し、17年以降は別大学にてカイロ学部を存続させることになる。

閉鎖の理由について大学は「マッコーリー大学は教育と研究という目的で、近年、医学部卒後教育と私立病院の運営に非常に力を入れており、これらを増強することに集中したい。カイロ分野は、学術研究の強化という目的に見合わない」と述べている。

今後の対応については「当大学のカイロ学位は最高レベルであると確信しており、学生に非常に人気がある学部である。したがって、この分野に関心の高い教育機関と十分に話し合い、移管の手続きを進めていく所存である」としている。

これを受けてオーストラリア・カイロプラクターズ協会(CAA)のタッセル会長は、CAAの機関誌にコメントを発表した。それは大学を批判ではなく、カイロ業界に研究重視の基盤をつくることで危機を乗り越えよう、と強く呼びかけるものだった。

タッセル会長は、マッコーリー大学が、カイロ業界は研究へのコミットメントが足りないと評価したことは明白であり、私たちはこの危機を無視してはならないとし、将来も大学教育を保持して行くための方法として、次の点を挙げている。

  1. カイロ界に強靱な研究土壌をつくること。これなしには、常に非科学的という批判の矢面に立たされる。具体的には、一千万ドル規模の基金を積み増すこと。CAAはすでに200万ドルの積み増しをしているが、カイロ界の中からさらなる協力が必要である。
  2. 学術研究のキャリアの道筋をつくること。大学にカイロ研究職をつくり、博士課程奨学金制度を整えること。そのためにもやはり予算が必要。
  3. 多様性のある一体性原則を受け入れること。カイロ・ケアには多様なモデルが存在するが、その状況でも一体化を図らなければ、将来展望は暗い。カイロプラクターはまとまらねばならない。
  4. 証拠に基づく診療を受け入れること。科学研究、治療者の経験、患者の希望に基づき日々の診療に当たる。

ノルウェーvsスウェーデン

医師にとってのカイロプラクターの印象

同じ北欧の福祉国家でも、ノルウェーではカイロプラクティックが正規医療として認められており、スウェーデンでは正統派医療としての位置付けがない。この2つの国の開業医は、それぞれカイロをどのように認識しているのかをアングロ・ヨーロピアン・カイロプラクティック大学の研究者らが調査し、最近発表した。

方法は、各国で無作為に選んだ開業医800人にアンケートを送り、返送してもらった結果を集計した。回答率は、両国ともほぼ同じ45%だった。スウェーデンの医師の53%が、カイロについての知識が乏しいと答えたが、ノルウェーで知識が乏しいと答えたのは12%だった。ノルウェーのほとんどの医師がカイロ治療を受けた経験があったが、スウェーデンでは経験がない医師が多かった。患者をカイロプラクターに紹介すると答えた医師は、ノルウェーで79%、スウェーデンで43%と、約2倍の開きがあった。

両国のカイロ環境の違い

スウェーデンには開業者が550人おり、そのうち約200人が国際カイロ教育評議会(CCEI)で認定された学校の卒業者でスウェーデン・カイロ協会の会員である。残り350人は、CCEIの条件を満たさない教育、つまりCCEヨーロッパのアクレディテーションのない学校での教育しか受けていない。しかし、すべてのカイロプラクターはスウェーデン厚生省へ医療者として登録されている。

ノルウェーでは、約400人いるカイロプラクターはすべてノルウェー・カイロ協会のメンバーで、アクレディテーションのある学校の卒業者である。ノルウェーのカイロプラクターは、レントゲンを撮ることができるし、その他の画像診断を医療機関に依頼することもできる。治療費は、公的保険でカバーされるし、休業のための傷病証明書の発行もできる。スウェーデンのカイロプラクターにはこういった権利は一切ない。少数の自治体がカイロ治療に多少の補助金を出している程度である。

紹介症例は腰痛が1位

患者をカイロプラクターに紹介する医師はノルウェーの方がずっと多かったが、どのような症状の患者を紹介するかについては「神経学的の重大な症状のない急性および慢性の腰痛」を選んだ医師が両国とも最も多かった。また、ノルウェーでは、20%の医師が「幼児の夜泣き」を紹介する症例として選んだが、スウェーデンでは選んだ医師はいなかった。

一方、カイロに患者を紹介しない医師は、その理由として、スウェーデンでは「カイロについての知識が乏しい」「カイロの有効性が不明確」「患者の経費負担が大きい」の順で多く、ノルウェーでは「カイロの有効性が不明確」「カイロについての知識が乏しい」の順であった。医師以外の紹介先については、両国とも理学療法士へ紹介することが最も多いと答えた。

十分な教育があるカイロプラクターが筋骨格系の治療を行うことについては、ノルウェーで93%、スウェーデンで69%と高い確率で賛成していた。

回答を返送した医師の割合は半数以下だが、こういったアンケート調査では平均的な回収率である。回答しなかった医師のカイロに対する意見は、より厳しいのではないかとの意見もある。しかし、カイロが保険制度にも組み込まれ、専門職としての権利も認められている国とそうでない国で、医師の認識にかなりの違いがあることを示したという意味で、これは世界のカイロプラクターにとって示唆に富んだ研究である。


カナダ アスリートのカイロ活用広がる

カイロで最高のパフォーマンスを手に入れよう

アスリートの怪我のケアやパフォーマンスを上げるためにカイロプラクティックが有効であることは、カイロが法制化されている国々でもまだ一般の人にはあまり知られていない。カナダの新聞『トロントスター』で9月、カナダ人アスリートがカイロ・ケアを活用していることが報じられた。

まず紹介されたのは、元アイスホッケー選手ゲリー・ロバート氏。30歳のときに首を怪我し、腕がしびれて力が入らなくなった。「食事のときステーキをナイフで切ることもできなくなり、もうプロとして終わりだと思った」という。しかし、スポーツ・カイロプラクターに脊椎調整や瘢痕組織の治療をしてもらったところ、試合に復帰できるまでになった。その後13年間も現役を続けることができたのだ。彼は4年前に引退し、現在は総合フィットネス・クラブを経営し、カイロ治療も提供している。

スポーツ・カイロプラクターとして活躍するスカパティシDCは、かつての100㍍の世界記録保持者のドノバン・ベイリーや、20世紀最強の女性アスリートとも称されるジャッキー・ジョイナー・カーシーを治療した。彼は、アジャストメントだけでなく、アクティブ・リリース・セラピー(ART)、針治療などを積極的に併用する。トロント・ブルージェイズの選手のケアも行っており、アスリートにはかなり知られた存在だ。彼は、この秋からイギリスのオリンピック・レベルの陸上選手にカイロ・ケアを提供し、怪我の回避やパフォーマンス向上につなげるための研究に参加することになっている。

トロントの大病院でも、カイロやその他の療法の効果を認め、活用するようになってきている。マウントシナイ病院のスポーツ専門医の整形外科医は「多くの人がスポーツを真剣に考え、セミプロレベルを目指すようになった現在、病院でも、多専門的アプローチが求められている」と認め、カイロプラクターや理学療法士、トレーナーなどの治療やアドバイスを取り入れているという。

一流アスリートだけでなく、よりよいパフォーマンスを求める一般人にも、カイロの積極活用が広がってきているようだ。アスリートがカイロ治療を受けていることがもっと一般に知られれば、カイロを活用するスポーツ愛好者はさらに増えるだろう。


今号より数回にわたり、シンガポールで開業するアメリカのカイロプラクター、ロバート・ワッサーマンDCの「私のカイロ人生in シンガポール」を連載します。カイロの知名度も法制度もないシンガポールで、1からプラクティスを立ち上げたオフィス経営や、カイロの質を維持しようと奮闘した業界活動など、日本の社会環境にも共通する話題も満載です。海外就職を志す人も必見!
初回は、大学卒業からシンガポールでの開業が軌道に乗るまでのエピソードです。

私のカイロ人生in シンガポール

ロバート・ワッサーマンDC

1. 80年代アメリカ就業時代

私はウェスタン・ステイト・カイロプラクティック大学を1981年に卒業しました。当時のアメリカではカイロプラクティックが急速に広がりを見せ、70年代の終わりから80年代の初めにかけて、新たな学校も数校生まれました。

新卒者にとっては、就職、開業ともに機会に恵まれた時代だったと思います。多くの保険会社のプランで、カイロには保険が下りたし、ほとんどの州の労災にカイロが組み込まれていました。つまり患者はカイロをただで受けられる場合が多かったのです。当時のカイロ・オフィスでは、保険会社と労災への対応に専念するスタッフが雇われていて、月に何万ドルという収入が保険会社から入ってきていました。

不幸にも、この状況が保険システムの乱用をする開業者を生みました。彼らは比較的軽い外傷に対して、治療を長引かせ、過剰な治療費を要求しました。

80年代になると、保険会社と州の労災補償規定は、これらのカイロの保険請求を棄却するようになりました。州カイロ委員会は、保険請求の見直しを行い、事実上の懲戒処分を行うようになっていきました。保険会社はカイロ治療に制限を設けるようになり、州によっては労災のカイロ治療を制限するようになりました。このような中で多くの開業者の収入は減少しました。患者は治療が打ち切られ、外傷でカイロ治療を使えなくなりました。少数の開業者による制度の悪用が、不幸にも業界全体に大きな影響を与えたのでした。

これと平行して、クリントン政権時代に、HMOという民間の保険に代表される管理医療の導入がありました。これはベビーブーム世代の高齢化による医療費の増大への対応策です。個人が医療を選ぶ自由は奪われ、特にカイロは制度の外に追いやられました。ほとんどの人はカイロの費用を自費で支払わなくてはならなくなり、保険による支払いを主な収入源にしていたオフィスでは、患者の数が激減していきました。

非常勤ドクターとして

北カリフォルニアでアソシエートとして働いた後、私は84年にオレゴン州ポートランドで開業しました。ところが開業後ほどなく、右の腱板と関節唇を損傷して働けなくなってしまったので、やむなくオフィスを売却しました。6カ月間休んでリハビリを行い、働けるまでに回復しました。しかしフルタイムでは働かず、休暇や療養で休んでいるカイロプラクターの代行をする非常勤カイロプラクターになることにしました。これによって大きな都市にも田舎にも旅をすることになり、様々な開業スタイルを知るよい機会になりました。

非常勤で働いている間に、さまざまな症例管理の方法、多様なアジャスト・テクニック、その他の併用療法が患者に与える影響を知ることができました。カイロの名の下に、多様な治療方法と経営スタイルがあることを実地で学びました。あまりに多様なので、保険会社や労災管理委員会がカイロ業界にどう対応したらわからずに混乱しているのも、私にとってはわからないことではありませんでした。

非常勤で5年以上働き、私はまた開業したいと考えるようになりました。しかし、私が卒業してからの10年で、この業界の状況は驚くほど変わってしまいました。

海外移住の夢

私は海外に住みたいという気持ちをずっと持っていたので、海外で開業しようと考えるようになりました。シンガポールに決めたのは、87年に旅行して、とても気に入った場所だったからです。ほとんどの人が英語を話す環境でもありました。

私は滞在時にシンガポール唯一のカイロ・クリニックを訪問しました。彼らは順調にやっているものの、シンガポールには他にカイロプラクターはいらないという考えのようでした。そして、政府が彼らに協会を設立して業界規制をする許可を与えていると言いました。これはもちろん真実ではなく、シンガポール・カイロ協会は現在に至るまで任意団体であり、業界を規制する権限は何もありません。

シンガポールで2番目のカイロ・オフィスを開業するため、私は92年の春に移住しました。持っていったのはポータブルのカイロ・テーブル、超音波治療器、衣類を詰めたスーツケース1個でした。

2. スポーツ選手の治療で好機到来!

私は1992年にシンガポールで開業しましたが、シンガポールで暮らすのは始めてのことでしたし、政府はカイロについてほとんど知らなかったので、いろいろな困難がありました。78年に開業したカイロ・オフィスが1つだけありましたが、新たな参入者をサポートしてくれるなどということはありませんでした。

幸運にも私にはシンガポール在住の知り合いが数人いました。彼らは、先に法人を設立すること、そして自分自身を管理職として雇うことをアドバイスしてくれました。何回か失敗を繰り返したものの、それから4カ月後にはシンガポール政府から就労ビザを取得することに成功しました。そして小さなオフィスを見つけ、電話応対をする受付担当者を雇い、開業したのです。

アスリートの復帰支援

翌93年、シンガポールで最も有名なアスリートが、人づてに聞いて、私を訪ねてきました。アン・ペンシングという名の31歳の水泳選手で、94年に広島で開かれるアジア競技大会に出たいと考えていました。彼は82年の全米大会で、50㍍自由形をその年の世界記録、22.69秒で制して優勝しています。84年のロサンゼルス・オリンピックでは100㍍自由形で入賞を果たしました。残念ながら、得意とする50㍍自由形は、88年までオリンピック種目ではありませんでした。もし正式種目になっていたら、シンガポール史上初のオリンピック金メダリストになっていたかもしれません。彼の記録は、アジアでは96年まで破られませんでした。

私が彼と初めて会ったのは、アジア競技大会出場をかけてフルタイムで練習するためにスポンサーを探しているときでした。シンガポールの新聞は、彼は年を取り過ぎているので引退すべきという論調でした。しかし彼は50㍍自由型ではまだ行けると信じていました。彼は数年来の慢性腰痛に苦しめられており、それが練習の妨げになっていました。

私のその時の診断は、仙腸関節症でした。彼の状況を聞いて、私は無料で必要なだけ治療してあげることを約束しました。私自身も若いときに競泳をやっていたので、彼はまだ夢を追うことができる年齢だと思ったし、彼を支援したいと思ったのです。

試合結果で一躍注目

93年にシンガポールで開かれた東南アジア競技大会で、アン氏は国代表として50㍍自由形に出場しました。腰痛はかなりよくなっており、コンディションもよい状態でした。自分より10年ぐらい若い選手たちとの戦いでしたが、彼は僅差で優勝しました。

試合後のインタビューのとき、私は彼の近くに立っていました。アン氏は数分間記者と話していましたが、私を指さして、自分の勝利を最も支援してくれた人だと言いました。その記者はすぐに私のところにインタビューに来ました。数日後の新聞記事に、アン氏の全面記事が載り、その紙面の下の方には、私の記事も載っていました。しかし、すばらしい成績を収めたにもかかわらず、皮肉にもアン氏は必要なスポンサーを得られず、広島の大会への出場はかないませんでした。

この出来事をきっかけに、私はシンガポールで知られるようになり、それはクリニック経営に大いに役立ちました。この競技大会のすぐ後に、私は陸上競技協会から医学委員になってほしいと依頼され、数年間委員長も務めました。96年には、プロのサッカーチームからチームドクターを依頼され、これも喜んで引き受けました。また、アメリカン・スクールでフットボールのシーズン中にはボランティアをやったし、アメリカン・クラブのスポーツ委員も務めました。

これらはすべてボランティアでしたが、シンガポールで開業する上で非常に役立ちました。私はすべてのカイロプラクター、特に新卒者には地域でのボランティア活動を勧めました。


ロバート・ワッサーマン プロフィール

Dr. Robert Wasserman, D.C.

  • 1981年にウェスタンステイト・カイロプラクティック大学(米国オレゴン州)を優等で卒業。米国5州の免許取得。 米国で働いた後、シンガポールで開業し現在に至る。
  • シンガポール・カイロ協会会長、(国際スポーツカイロ連盟(FICS)アジア役員として業界活動を、シンガポール・アマチュア・スポーツ協会医学部門長、シンガポール・プロサッカー所属カイロプラクターとして、スポーツ選手の育成とケアに力を入れてきた。
  • 認定スポーツ・カイロプラクター(CCSP、ICSSD)。認定アンチエイジング専門医(ノースウェスタン大学免状)。



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