ブラジルの日本人カイロプラクター長屋充良氏インタビュー | カイロジャーナル

   ブラジルの日本人カイロプラクター長屋充良氏インタビュー

カイロプラクティック、オステオパシー、手技療法の最新情報、セミナー案内、関連書籍・DVDの販売

カイロジャーナル TEL.03-3434-4236 〒105-0013 東京都港区浜松町1-2-13江口ビル別館

<第14回> ブラジルの日本人カイロプラクター長屋充良氏インタビュー

   長屋充良氏夫妻

ブラジルに渡り、30年間カイロプラクターを続けてきた長屋充良氏が2月、ビジネスと休日を兼ねて日本に帰国した。ブラジル社会にどっぷりつかり、オフィスの経営とカイロ協会の仕事を両立してきた特異な経歴を持つ長屋氏に、そこに至る経緯やブラジル・カイロ事情などを伺った。

カイロとの出会い
カイロプラクティックは塩川満章先生のシオカワスクールで勉強しました。そのまま塩川先生のオフィスのスタッフとなり、平日はオフィスで、休日は塩川先生のセミナーや勉強会で研修に励んでいました。たいへんでしたが、すごく充実した日々でした。
ブラジルに渡ったわけ
塩川先生が、トムソンテーブルをつくっているタカラベルモントの先代の吉川社長と懇意で、大阪本社の会議室で塩川先生のセミナーが開かれました。そのとき吉川社長と懇意の当時のブラジル商工会議所の会頭であった広川さんが来ていて、セミナー終了後に「ブラジルの十数万の日系ブラジル人の健康をカイロプラクティックで守ってくれないか」という話になりました。突然の話で、塩川先生はびっくりしたでしょうけれども、パーマー大学卒業後、数年間ベネズエラにいたこともあって、先生は、なんかラテンっぽいですよね、気性が合うんでしょうか。それでブラジルに来て気に入っちゃって、ブラジルと日本で出資者を募って、いっしょにやりましょうという話がまとまりました。
レントゲンは当時最新の設備を整え、医師、レントゲン技師も雇って、大きなクリニックをつくりました。塩川先生は、日本に学校とオフィスがあるので半年間でそれを閉めてブラジルに移住するということで、僕は先に行って他のスタッフとで始めることになりました。1982年の12月のことです。実は僕ではなく神庭(政良)さんという話だったんですが、自分は海外に出たかったので志願しました。最初の考えでは、アメリカにカイロ留学をしようと思っていたので、ブラジルに行っても、最初はポルトガル語の勉強はしないで英語の学校に行っていました。
ところが塩川先生は、その半年の間に劇症肝炎になってしまい、かなり危ない状況まで行って、ブラジル移住の話は頓挫してしまいました。それで、出資者からも塩川先生が来ないなら話が違うよ、みたいなことにもなって、結局白紙に戻すということで、85年の11月にこのオフィスは閉めました。自分も日本に帰ろうかと思いましたが、彼女(後に結婚したエリザベッチ恵美子さん)とも知り合ったし、永住して、自分でクリニックを開いて、ここでがんばろうかなと思って。そして3人の子供にも恵まれ、30年経っちゃいました。
ブラジルの法制化運動へのかかわり
90年代になって、ブラジルできちんとしたカイロプラクティックを広めるための仲間として自分が呼ばれたんです。僕はDCじゃないけどいいのかって言いましたけど、いいからと言われて。メンバーは、医師でパーマー大学を卒業したシーラ・ボルジェス、DCではないけれどもアメリカのDCからカイロを習い、ブラジルのカイロプラプラクターとして名が通っていたマテウス・ソウザ、そしてクリーブランド大学を卒業したマリーノ・シュレー、そして自分の4人で始めました。92年にブラジル・カイロ協会(ABQ)をつくって、まず正規の教育がブラジルで受けられることを目指しました。今ブラジルにはフィバーレ大学とアンヘンビ・モルンビー大学の2つの大学にカイロ学部があります。CCE基準に準じた4250時間以上のカリキュラムで、ブラジル教育省から認可されており学士号が授与されます。それぞれ、パーマー大学とノースウェスタン大学と姉妹校関係を結んでいて、カリキュラム、教材の共有と、講師の交流があります。
振り返るとカイロの大学教育の達成はさっさと行きました。学問と職業とは別という考えなんでしょう。今、協会の会員は、海外の大学で勉強し戻ってきたDCと、国内大学卒業者を合わせて600人ぐらいいます。
職業制度の整備
理学療法士(PT)の団体が、カイロのマニピュレーションはPT治療の一分野だと主張してカイロを排除しようとし、裁判に発展したことがあります。数年前にカイロ側が勝訴しました。しかし、PTは財力、メンバーともにカイロとは桁違いです。裁判で勝っても大手を振ってできないという感じが未だにあります。
カイロは学問としては認められていますが、職業としては免許や国家試験制度の法律がありません。医者はそうでもないのですが、理学療法士からの反発が強く、なかなか法制化が進みません。ABQは、ブラジルの医療保険でのカバーや、公的な保健衛生を担うスタッフとして働けるような職業身分を保障する制度の確立を目指しています。
WFC世界大会
ABQをつくったときに「いつかブラジルでカイロの国際会議が開けるといいね」と話していたのを思い出します。それが去年(2011年)、4月にWFCの世界大会がブラジルのリオデジャネイロで開かれました。国内からは600人ぐらい参加があり、全体では900人以上の参加で、大成功でした。いろいろな研究発表がありましたが、国内2つの大学の学生が英語で堂々とプレゼンして、すごいなと思いました。自分は、彼らがそんなにレベルが高いとは知らなかったです。
世界大会参加は国際基準レベルのカイロプラクターとその学生限定ということだったので、カイロ標準化コース(CSC)まで充実していないけれども、ノンDCが参加できるようにアップグレードする予備セミナーが行われました。それを受けて昔からやっている人たち100人ぐらいが参加しました。
自分はその前に、米国カイロプラクティック試験委員会(NBCE)の試験がブラジルで行われたときに、それを受けました。ポルトガル語もおぼつかないのに(笑)、でも受かりましたよ。
これからのこと
今はもう協会の役職からは手を引いています。学生が何かするときなどお手伝いはするけれども、役なしです。ABQの会長は、今は母国の大学の卒業生が務めています。
家内は理学療法士で、自分のオフィスで一緒に働いているのですが、これからは、自分の子供も含めて家族ぐるみでやるビジネスを何か始めてみたいなあと思っています。今回日本に来て、そのための情報集めもやっています。
最後に日本の皆さんへのメッセージ
日本人の、心配り、気配りでの接客、道を極めるこだわり、手先の器用さは、他国にはない、固有の素晴らしい国民性であります。
真のカイロの啓蒙は、日々の診療であり、一人ひとりの患者の痛み、苦しみを取ってあげて結果を出していくことしかないと、思います。また治療家として、個々に切磋琢磨、人徳、哲学、エネルギー、知識、経験等、その人の深み、力(人間力とでもいいますか‥)を、高めていく事が、大事なのではないでしょうか?

取材を終えて

何の実績もないところから、カイロプラクティックの治療術だけでブラジルでオフィスを成功させ、カイロ協会の仕事でも実績をつくってきた長屋先生。自然体の中にパワーを感じさせるお人柄が伝わってきました。カイロが学問的には認められたのに職業としての制度はまだ確立していないというブラジルの事情は、日本にとって参考になる点が多々あると思います。これからも、ブラジルのカイロ事情や、文化やスポーツのことなど、いろいろ教えてください。

取材には奥さま同伴で来てくださり、お二人の暖かい雰囲気が印象的でした。家族ビジネスの展開もぜひ実現を期待しています!

facebook公式ページへのリンク

長期連載中の記事

過去の連載記事